ありがとうございます。
ただいま学校側に期待するというお言葉ありましたけれども、期待するだけではなく、こちら側がしっかりと御提示していく、示していくということも改めて必要かなというふうに考えております。
改めてですけれども、我々参政党は、この名のとおり、国民の皆様に政治に参加してもらう、政治参加を促すことを大切にしております。そして、教育においては、論争上の問題が今おっしゃったように適切に扱われることが重要なことだというふうに考えています。今回の事故に関して、二度と同様の事故を引き起こさないようにするために、あらゆる角度から真意を探り、そして行政的に対応していくことを求めてまいりたいと思います。
さて、続いてですけれども、今回の論争上の問題というところにおいて、社会科の教科書も該当するというふうに考えております。そして、教科書問題に対する姿勢としても、先ほど挙げましたボイテルスバッハ・コンセンサスの原則は適用可能だというふうに感じております。
私は、先日、大手、高等学校の歴史教科書会社からヒアリングを行いました。教科書は学問という知の総和を土台としており、学問の一部をアウトプットしたものであるという認識を深めました。すなわち、本来的には、教科書は学問マターであって、学問のことは学問の世界に委ね、政治化するべきではなく、政治が関与する余地もないというふうに感じました。
しかしながら、それでも教科書に対して政治の役割が期待される部分があるという理由は、学問の名を借りた政治活動が教科書においても潜んでいるのではないか、つまり、学問にも政治が入り込んでいるので、異なる政治の力で学問から政治を切り離して、それによって中立を図るべきだというふうに考えていらっしゃる国民が一定数いるというふうに考えております。
二〇一四年に教科書用図書検定基準が改正され、社会科については、特に、未確定な時事的事象について記述する場合に特定の事柄を強調し過ぎていたりすることはないことを明確化する、近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合は、通説的な見解がないことを明示され、児童生徒が誤解しないようにすることを定める、閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合はそれらに基づいた記述がされることを定める、この三項が追加されています。ここにはボイテルスバッハ・コンセンサスの圧倒の禁止の原則が明文化されているというふうに読み取りました。
ただ、今申し上げたように、我が党に寄せられる声に耳を傾けると、近代史、特に第二次世界大戦に関する記述において、感情に働きかける教育体系において児童生徒が圧倒され、一方的な価値観を植え付けられているというような強烈な問題意識を持っている方がいらっしゃるということが分かります。確かに、第二次世界大戦に関しては、余りの壮絶さから感情の動きを喚起しないことは難しいかもしれません。しかし、ほかの時代の歴史や数学、理科のように、冷静に取り扱われる環境を目指し、生徒が自らの判断を獲得することができるようにすべきだというふうに考えます。
その上で、大臣に御意見を伺いたいと思います。
二〇一四年の検定基準改正により、圧倒の禁止というところは制度的に手当てされているはずです。しかし、現実には、近代史教育、とりわけこの第二次世界大戦に関しては、感情的な圧倒、特定の歴史観を、失礼しました、感情的に圧倒され、特定の歴史観を植え付けられたと感じている国民が少なからず存在しています。制度と現実のこの乖離をどのように認識されていますでしょうか。また、生徒が感情的に圧倒されることなく、自らの判断で歴史を受け止められる教育環境の実現に向けて、大臣のお考えをお聞かせください。
212望望月禎文部科学省初等中等教育局長
今回の事案を踏まえまして、今御紹介いただきました、四月の新年度が始まる、各学校において新年度の教育活動が本格化する前に、全国の学校に対しまして、校外活動の実施内容が適切であるかどうかの確認を求めるとともに、必要に応じた見直しを図るよう周知を行ってございます。
文部科学省としましては、まずこの本通知に基づく各学校あるいは設置者における対応の徹底を図りたいと思ってございます。今回の事案についてのそうした事実確認を進め、その結果も踏まえまして更に対応の要否を検討してまいります。
この発言のページ
213
後藤翔太(参政)
ありがとうございます。
私としては、もう一段踏み越えた対策、対応が必要なのではないかというふうに考えております。というのは、この通知というものは、そもそも学校の設置者に宛てたものであり、その内容がそのまま学校や教員にまで届くわけではないということです。通知や補助教材のほかに、学校や教員の実務上の判断を助ける具体的な運用方針がないと、運用方針がないことがこの問題の核心であるというふうに考えております。この結果、教育と政治活動の境界が曖昧なまま運用が現場任せとなり、結果的に教育活動の逸脱が見過ごされてきたのではないでしょうか。
配付資料の四ページ目を御覧…
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214
松本洋平(自民)文部科学大臣
文部科学省といたしましては、これまでも、教育基本法や学習指導要領に基づきまして、特定の見方や考え方に偏った取扱いにより生徒の主体的な考えや判断を妨げないよう留意することが必要である旨、あらゆる機会を通じて周知徹底を図ってきたところであります。
これらを踏まえまして、各学校におきましては、学校設置者の管理の下、適切な教育活動を行う必要があると考えているところでありまして、お尋ねの具体的な運用方針のようなものまで定めることは現時点では考えておりませんが、適切な対応というものを是非期待をしているところであります。
いずれにいたしましても、文部科学省としては…
この発言のページ
- (上の発言)
215
後藤翔太(参政)
ありがとうございます。
ただいま学校側に期待するというお言葉ありましたけれども、期待するだけではなく、こちら側がしっかりと御提示していく、示していくということも改めて必要かなというふうに考えております。
改めてですけれども、我々参政党は、この名のとおり、国民の皆様に政治に参加してもらう、政治参加を促すことを大切にしております。そして、教育においては、論争上の問題が今おっしゃったように適切に扱われることが重要なことだというふうに考えています。今回の事故に関して、二度と同様の事故を引き起こさないようにするために、あらゆる角度から真意を探り、そして行政的に対応していくことを求めてまいりたいと思います。
さて、続いてですけれども、今回の論争上の問題というところにおいて、社会科の教科書も該当するというふうに考えております。そして、教科書問題に対する姿勢としても、先ほど挙げましたボイテルスバッハ・コンセンサスの原則は適用可能だというふうに感じております。
私は、先日、大手、高等学校の歴史教科書会社からヒアリングを行いました。教科書は学問という知の総和を土台としており、学問の一部をアウトプットしたものであるという認識を深めました。すなわち、本来的には、教科書は学問マターであって、学問のことは学問の世界に委ね、政治化するべきではなく、政治が関与する余地もないというふうに感じました。
しかしながら、それでも教科書に対して政治の役割が期待される部分があるという理由は、学問の名を借りた政治活動が教科書においても潜んでいるのではないか、つまり、学問にも政治が入り込んでいるので、異なる政治の力で学問から政治を切り離して、それによって中立を図るべきだというふうに考えていらっしゃる国民が一定数いるというふうに考えております。
二〇一四年に教科書用図書検定基準が改正され、社会科については、特に、未確定な時事的事象について記述する場合に特定の事柄を強調し過ぎていたりすることはないことを明確化する、近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合は、通説的な見解がないことを明示され、児童生徒が誤解しないようにすることを定める、閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合はそれらに基づいた記述がされることを定める、この三項が追加されています。ここにはボイテルスバッハ・コンセンサスの圧倒の禁止の原則が明文化されているというふうに読み取りました。
ただ、今申し上げたように、我が党に寄せられる声に耳を傾けると、近代史、特に第二次世界大戦に関する記述において、感情に働きかける教育体系において児童生徒が圧倒され、一方的な価値観を植え付けられているというような強烈な問題意識を持っている方がいらっしゃるということが分かります。確かに、第二次世界大戦に関しては、余りの壮絶さから感情の動きを喚起しないことは難しいかもしれません。しかし、ほかの時代の歴史や数学、理科のように、冷静に取り扱われる環境を目指し、生徒が自らの判断を獲得することができるようにすべきだというふうに考えます。
その上で、大臣に御意見を伺いたいと思います。
二〇一四年の検定基準改正により、圧倒の禁止というところは制度的に手当てされているはずです。しかし、現実には、近代史教育、とりわけこの第二次世界大戦に関しては、感情的な圧倒、特定の歴史観を、失礼しました、感情的に圧倒され、特定の歴史観を植え付けられたと感じている国民が少なからず存在しています。制度と現実のこの乖離をどのように認識されていますでしょうか。また、生徒が感情的に圧倒されることなく、自らの判断で歴史を受け止められる教育環境の実現に向けて、大臣のお考えをお聞かせください。
216
松本洋平(自民)文部科学大臣
教科書において、学習指導要領を踏まえどのように記述するかにつきましては、記述の欠陥がない範囲において民間の発行者の判断に委ねられているところであります。
その上で、文部科学大臣が行う教科書検定は、教科書検定基準などに基づき、検定の時点における客観的な学問的成果や適切な資料などに照らして記述の欠陥を指摘することを基本として実施しておりまして、これは特定の認識や歴史的事象を確定するものではありません。
教科書検定基準では、教科書として具備すべき要件の一つとして、図書の内容に児童又は生徒が学習内容を理解する上に支障が生ずるおそれがないよう、特定の事柄を特別…
この発言のページ
217
後藤翔太(参政)
ありがとうございます。
今大臣のお考え、お聞かせいただきましたが、しかしながら、社会学的なテーマ、例えばジェンダーなどの多様性、公平性、包括性、いわゆるDEI、そういったところに関しては、論争性の原則に基づく多元的な提示ができていないのではないかというふうに感じております。これは、社会学領域の政治性が非常に強く、学問自体に政治的、思想的な偏りが存在するということが一因なのではないかというふうに考えております。
メディアやSNSなどの言論空間の受け止めを見るに、社会学領域のテーマの多くは論争上の問題に属するというふうに考えます。このような場合、学問のこ…
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218
松本洋平(自民)文部科学大臣
繰り返しになって大変恐縮でありますけれども、教科書において学習指導要領を踏まえましてどのように記述するかは、民間の発行者の判断に委ねられております。
教科書検定は、教科書検定審議会における専門的、学術的な審議の結果に基づいて行われているものであり、政治的、行政的意図が介入する余地はないものとされているところであります。この教科書検定審議会には、学識経験者はもとより、学校現場の教員も委員として参画をしておりまして、学術的見地からのみならず、学習指導要領に沿った記述になっているか、児童生徒の発達段階に応じた記述になっているか等についても検定をしているところ…
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