私、危惧するのが、専門家による指導を子供たちが受けるというのは非常に好ましいことであるというのはもう皆さんも一緒だと思いますが、その一方で、こういうことが行われているというのは、その日一日が水泳授業、集中してまとめてやると。朝から行きました、三時間から四時間程度水泳の授業をして帰ってきました、それで年間の水泳授業が終わりです。そして、外部委託をしているので外部の専門家のコーチの方が指導をしてくださいますが、学校の先生が私は責任があると思っているところであるんですけど、学校の先生はそれを眺めているだけというような、こういう状況は私は好ましい姿ではないというふうに思っていますので、そういった点も含めて、これからのあるべき水泳の学習の在り方を考えていただきたいと思います。
それで、私が、実際にこういう話がありました、教師をしていたときに、広島の尾道のある小学校の校長先生から、全然知らない人です、校長先生から電話がありました。尾道のうちの学校まで来て、小学校六年生に、うちの六年生に水泳の授業してくれと。どのぐらいですかと、一時間と。四十五分ですね、小学校ですから。そして、泳げるようにしてほしいと。むちゃだなと思いました。行ったこともないところに行って、知らない子供たちを、会って、四十五分の水泳の授業で、そして泳げるようにできるかと。
いろんなこと、いろんな要請ありましたけど、さすがに断ろうかなと思いましたが、よくよく考えて、三十分間の水泳の授業に入る前に三十分の座学の時間をくださいということを言って、分かりました、座学の時間つくりますということで、行って、こういう授業をしました。三十分間の内容とはどういう内容か。
ここに、目の前に六年生の、今初めて会った六年生が座っています。一人一人に聞きました、あなたはいつぐらいから歩き始めましたか。ある子は十二か月、ある子は十一か月、ある子は一歳一か月、まちまちでしたが、平均をすると十二か月ぐらいで歩き始めたんですねということが分かりました。
その後、ホワイトボードを前にして、そこで、今日あなたはどこを通って、どうやって学校に来ましたかと言いました。そうしたら、全員が家から学校には歩道を通って歩いてきましたと答えました。そうしたら、その図を描きました。家のイラスト、道路、歩道、そして学校描いて、この歩道がもし水路だったら、あなたたちは十二か月ぐらいで歩き始めた、つまり、歩き歴が十年とか十一年、移動手段としての歩き歴が十年、十一年なんですね。それが、物心付く前、一歳ぐらいから、移動手段が全部水路で、泳がないとどこにも行けないということだったら、あなたたちは泳げていますかというふうに問いかけました。そうしたら、全員が、泳げていますというような回答が返ってきました。
そうでしょうと。あの人は運動神経がいいから泳げる、僕は運動神経が悪いから泳げない。あの人は運動能力高い、運動神経がいい、才能がある、自分はそうじゃないからできない。それは間違いじゃないんですかということを言ったら、子供たちは納得しました。そのとおりだと。
それは、じゃ、何の差なんですかと。泳げる泳げないというのは何の差なんですかと。経験の差ですねと。だから、あなたたちは、経験をしていけばみんな泳げるんですよということを、ぱあんと自分たちが閉じているようなところを開いて、その上でポイントを三つ、これを伝えてプールに行ったら爆発的に泳げるようになりまして、千メートル以上泳げる子が続出して、もうプールが活気付きました。本当に感動的な一時間をいただいたものと思っています。
そうやって、自分が教える学年の子供たち、中には特別支援学級在籍の知的障害、情緒障害の子も含め、研究の成果として五年以上掛かりましたけど、二〇一〇年には、学年の生徒たちを、一人も例外もつくらずに、全員をクロールで千メートル泳がせることができるようになって、翌年には全員が平泳ぎで八百メートル。
そして、三年になったときに、その子たちが私のところにやってきました。ちょっと斜に構えて、先生、三年の水泳は何をするんですかと、こう言っているんですね。もう顔に言いたいことが書いています。俺たちは、私たちはクロール千、平泳ぎ八百泳げているから、三年の授業は、水泳授業は自由ですよねということを言いたかったんだなというのが顔に書いていました。そこで私、すかさず言いました。決まっているだろうと、バタフライだと。こう言ったら、ええって物すごく驚いて、やんわりと否定に入りました。
彼らは、スイミングでもなかなかバタフライを教えてくれないんですよと。分かっていると、やってみないと分からぬじゃないかということを言って、やってみたら、僅か三時間で全員がバタフライ二十五メートル泳げるようになって、最終的にバタフライを含む個人メドレー、全員がやり切って、できるようになったときに、子供たちに最後に自由記述の感想文を書かせたら、そこには感謝と喜びがつづられるもんだと思っていたら、最後に来た言葉は感謝や喜びじゃなくて、ほとんど同じ内容で来たんです。ここは判で押したかのような内容だった。感謝や喜びは真ん中辺りにあって、まさかこんなに泳げるようになると思っていませんでした、本当にありがとうございましたという感謝や喜び。しかし、末尾に来たのはほとんど同じ内容。それはどうだったのかと。だから次は英語を頑張りたい、だから次は数学を頑張りたい、だから次は苦手だと思って挑戦しなかったことにも挑戦をしたいということが、決意が、目標が書かれていたんです。
この水泳で味わった喜び、達成感を、今度は数学で、今度は英語でも、苦手だと思って諦めていたことにも挑戦するんだという子供たちのこの前向きな生き方にスイッチが入ったのがこの水泳の授業であったと私は思っています。
ですから、今、日本の社会の中での流れとしては、プールが老朽化している、改修にお金が掛かる、維持にもお金が掛かるというのはよく分かります。しかし一方で、水泳ほど性差や体力差関係なく達成感を味わわせることができるこの運動単元は、水泳が私は最高ではないかというふうに思っておりますので、その点を含めて、これからのやっぱり文科省として水泳の指導を考えていただきたいと思っています。
私は、先ほどの中で、これからの文科省の方針としてはプールは残していくというような方向性で、学校を地域の健康の維持増進の場として捉えたならば、そこで屋内のプールに改修工事をして、そして子供たちが安心、安全な環境下の下で水泳の授業ができるような形、そして地域にも開かれるというような、そういうふうな形で私はやっていただきたいと思っていますけど、大臣、いかがでしょうか。
157浅浅野敦行スポーツ庁次長
お答えいたします。
先ほどお話し申し上げた全国体力・運動能力、運動習慣等調査の結果によりますと、令和六年度の状況としては、水泳の授業を民間のスイミングクラブ等で実施し、インストラクター等の指導協力を得ている割合は、小学校は七・二%、中学校は二・九%となっております。
この発言のページ
158
下野六太(公明)
このような外部委託が進んできている、この背景についてはどのように文科省捉えられておられるでしょうか。そして、文科省の水泳に対する今後の方針を問いたいと思います。
この発言のページ
159浅浅野敦行スポーツ庁次長
お答えいたします。
昨今、各自治体の工夫等により、民間事業者を含む外部指導者と連携しているケースが出てきていると承知しております。
こうした連携につきましては、やはり水泳に関する専門的な知見や技術を有する専門家のノウハウを子供たちへの指導に生かすなどが期待される一方で、学校教育活動として実施する上では、例えば、指導計画の作成や計画を踏まえた指導、子供たちの学習状況の評価やそれを踏まえた働きかけなどについて教師が一切関わらないような状況とはならないように十分な留意が必要であると考えております。
スポーツ庁におきましては、今年二月、こうした外部指導者と…
この発言のページ
- (上の発言)
160
下野六太(公明)
私、危惧するのが、専門家による指導を子供たちが受けるというのは非常に好ましいことであるというのはもう皆さんも一緒だと思いますが、その一方で、こういうことが行われているというのは、その日一日が水泳授業、集中してまとめてやると。朝から行きました、三時間から四時間程度水泳の授業をして帰ってきました、それで年間の水泳授業が終わりです。そして、外部委託をしているので外部の専門家のコーチの方が指導をしてくださいますが、学校の先生が私は責任があると思っているところであるんですけど、学校の先生はそれを眺めているだけというような、こういう状況は私は好ましい姿ではないというふうに思っていますので、そういった点も含めて、これからのあるべき水泳の学習の在り方を考えていただきたいと思います。
それで、私が、実際にこういう話がありました、教師をしていたときに、広島の尾道のある小学校の校長先生から、全然知らない人です、校長先生から電話がありました。尾道のうちの学校まで来て、小学校六年生に、うちの六年生に水泳の授業してくれと。どのぐらいですかと、一時間と。四十五分ですね、小学校ですから。そして、泳げるようにしてほしいと。むちゃだなと思いました。行ったこともないところに行って、知らない子供たちを、会って、四十五分の水泳の授業で、そして泳げるようにできるかと。
いろんなこと、いろんな要請ありましたけど、さすがに断ろうかなと思いましたが、よくよく考えて、三十分間の水泳の授業に入る前に三十分の座学の時間をくださいということを言って、分かりました、座学の時間つくりますということで、行って、こういう授業をしました。三十分間の内容とはどういう内容か。
ここに、目の前に六年生の、今初めて会った六年生が座っています。一人一人に聞きました、あなたはいつぐらいから歩き始めましたか。ある子は十二か月、ある子は十一か月、ある子は一歳一か月、まちまちでしたが、平均をすると十二か月ぐらいで歩き始めたんですねということが分かりました。
その後、ホワイトボードを前にして、そこで、今日あなたはどこを通って、どうやって学校に来ましたかと言いました。そうしたら、全員が家から学校には歩道を通って歩いてきましたと答えました。そうしたら、その図を描きました。家のイラスト、道路、歩道、そして学校描いて、この歩道がもし水路だったら、あなたたちは十二か月ぐらいで歩き始めた、つまり、歩き歴が十年とか十一年、移動手段としての歩き歴が十年、十一年なんですね。それが、物心付く前、一歳ぐらいから、移動手段が全部水路で、泳がないとどこにも行けないということだったら、あなたたちは泳げていますかというふうに問いかけました。そうしたら、全員が、泳げていますというような回答が返ってきました。
そうでしょうと。あの人は運動神経がいいから泳げる、僕は運動神経が悪いから泳げない。あの人は運動能力高い、運動神経がいい、才能がある、自分はそうじゃないからできない。それは間違いじゃないんですかということを言ったら、子供たちは納得しました。そのとおりだと。
それは、じゃ、何の差なんですかと。泳げる泳げないというのは何の差なんですかと。経験の差ですねと。だから、あなたたちは、経験をしていけばみんな泳げるんですよということを、ぱあんと自分たちが閉じているようなところを開いて、その上でポイントを三つ、これを伝えてプールに行ったら爆発的に泳げるようになりまして、千メートル以上泳げる子が続出して、もうプールが活気付きました。本当に感動的な一時間をいただいたものと思っています。
そうやって、自分が教える学年の子供たち、中には特別支援学級在籍の知的障害、情緒障害の子も含め、研究の成果として五年以上掛かりましたけど、二〇一〇年には、学年の生徒たちを、一人も例外もつくらずに、全員をクロールで千メートル泳がせることができるようになって、翌年には全員が平泳ぎで八百メートル。
そして、三年になったときに、その子たちが私のところにやってきました。ちょっと斜に構えて、先生、三年の水泳は何をするんですかと、こう言っているんですね。もう顔に言いたいことが書いています。俺たちは、私たちはクロール千、平泳ぎ八百泳げているから、三年の授業は、水泳授業は自由ですよねということを言いたかったんだなというのが顔に書いていました。そこで私、すかさず言いました。決まっているだろうと、バタフライだと。こう言ったら、ええって物すごく驚いて、やんわりと否定に入りました。
彼らは、スイミングでもなかなかバタフライを教えてくれないんですよと。分かっていると、やってみないと分からぬじゃないかということを言って、やってみたら、僅か三時間で全員がバタフライ二十五メートル泳げるようになって、最終的にバタフライを含む個人メドレー、全員がやり切って、できるようになったときに、子供たちに最後に自由記述の感想文を書かせたら、そこには感謝と喜びがつづられるもんだと思っていたら、最後に来た言葉は感謝や喜びじゃなくて、ほとんど同じ内容で来たんです。ここは判で押したかのような内容だった。感謝や喜びは真ん中辺りにあって、まさかこんなに泳げるようになると思っていませんでした、本当にありがとうございましたという感謝や喜び。しかし、末尾に来たのはほとんど同じ内容。それはどうだったのかと。だから次は英語を頑張りたい、だから次は数学を頑張りたい、だから次は苦手だと思って挑戦しなかったことにも挑戦をしたいということが、決意が、目標が書かれていたんです。
この水泳で味わった喜び、達成感を、今度は数学で、今度は英語でも、苦手だと思って諦めていたことにも挑戦するんだという子供たちのこの前向きな生き方にスイッチが入ったのがこの水泳の授業であったと私は思っています。
ですから、今、日本の社会の中での流れとしては、プールが老朽化している、改修にお金が掛かる、維持にもお金が掛かるというのはよく分かります。しかし一方で、水泳ほど性差や体力差関係なく達成感を味わわせることができるこの運動単元は、水泳が私は最高ではないかというふうに思っておりますので、その点を含めて、これからのやっぱり文科省として水泳の指導を考えていただきたいと思っています。
私は、先ほどの中で、これからの文科省の方針としてはプールは残していくというような方向性で、学校を地域の健康の維持増進の場として捉えたならば、そこで屋内のプールに改修工事をして、そして子供たちが安心、安全な環境下の下で水泳の授業ができるような形、そして地域にも開かれるというような、そういうふうな形で私はやっていただきたいと思っていますけど、大臣、いかがでしょうか。
161
松本洋平(自民)文部科学大臣
下野先生の御自身の御経験に基づいたお話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございます。学校教育においてすごく大切な観点が詰められたお話を、詰まったお話をされているなということで、大変有り難く拝聴をしたところであります。
おっしゃるとおりで、水泳でありますけれども、我々としては、当然これは学習指導要領上も、是非やってもらうというか必修というような形の位置付けをさせていただいているわけでありますけれども、どうしてもの特別な事情があるときにはということで、その例外的なところも置かせていただいているところであります。
それは、先ほど来お話が出ております…
この発言のページ
162
下野六太(公明)
学校は、小学校単位でも中学校単位でも、地域の中の私は一つの大きな拠点になって、今これだけ社会保障費にお金が掛かっているという問題が取り沙汰されているこの現状の中で、やはりプールで、地域に住んでおられる方々が学校施設のプール開放をできるような、そういうふうな仕組みをつくっていけば、より健康になって社会保障費の方も私は抑えられる、そしてより良い本当に人生を謳歌できるんじゃないかと、このように思っておりますので、そういった形での水泳、プールの今後の活用の仕方も含めて検討いただければと思っています。
時間がもうなくなってきていますので、次の質問とその次の質問を…
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163
熊谷裕人(立憲)
まず、大臣お願いします。
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