お答えいたします。
御指摘の南洋庁の所管につきましては、終戦後、文部科学省に移管されていないものと認識しております。
2026年4月2日・第221回国会 参議院 文教科学委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 143 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 174 発言)
お答えいたします。
御指摘の南洋庁の所管につきましては、終戦後、文部科学省に移管されていないものと認識しております。
ありがとうございます。 このような、言語は単に一つの手段にとどまるものではなくて、日本人の感性を理解してもらう上でも非常に重要であるというふうに考えます。 さて、我々参政党は、昨年の参議院選挙において、日本人ファーストというキャッチコピーとし、多くの支持をいただきました。また、その一方で、否定的な評価も受け、賛否の意見はそれぞれかみ合わなかったと認識しています。別の陣営を応援する方からは、そもそも日本人とは誰のことを言っているんだという問いかけもあったようです。 私の個人としての考え方ですが、私が日本人と言うときには、人種、レースではなく、ネーショ…
我が国で生活、滞在する外国の方、日本社会及び地域コミュニティーの一員として責任ある行動を取るためには、日本語を始め、日本のルールや制度などを理解してもらうこと、これが重要であると認識をしております。 本年一月に関係閣僚会議におきまして決定をいたしました外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合対応策におきましては、そうした内容を適切に学習できるようにするため、新たに我が国に在留する外国の方が、外国人が日本語や我が国の制度、ルールなどを学習するプログラムの創設を検討することとされているところであります。 文部科学省として、当該プログラムの創設に向けまして…
ありがとうございます。 今、先ほど私は日本語を入場券と表現しましたが、これはネーションが拡張可能であるということを意味しているというふうに思います。ただ、ネーションは拡張可能ですが、無限ではなく、会ったことがなくても同じ仲間と思える範囲にとどまると指摘されています。 今、日本というネーションにある戸惑い、つまり、外国人問題は、これまで自分たちのネーションを構成してきたものとは異なる背景を持つエスニックな人々と直面していることにあり、同じ仲間だと思いづらいということが問題だというふうに考えます。 ただ、日本というネーションがそういった異なる背景を持つ…
お答えいたします。
御指摘の南洋庁の所管につきましては、終戦後、文部科学省に移管されていないものと認識しております。
ありがとうございます。 文献でも非常にデータが少ないということが指摘されているので、そのような回答だろうというふうに考えておりました。 もう一段、この歴史を掘り下げて考えてみたいと思います。 ここで行われた教育は、公民化政策や同化政策として、戦後は情緒的な批判をもって総括されています。しかし、このことが歴史的な評価や振り返りを限定的なものとし、真に得られる教訓が見落とされている可能性があるのではないかと私は考えました。 同化政策を行うということは、その善しあしの評価をする前に、前提として、南洋群島の現地人は日本人と同化できる、すなわち教育によって…
日本で生活、滞在する外国人の方々には、日本語や我が国のルール、制度などを学び、我が国社会及び居住する地域コミュニティーの一員といたしまして責任ある行動を取ることが求められます。このような視点から、文部科学省では外国人の児童生徒から大人までを対象といたしました日本語教育の充実に取り組んでいるところであります。
なお、教育に関する考え方や教育行政の在り方は戦後の改革を経て大きく変化をしております。御指摘の南洋庁による南洋諸島の同化政策から現代の外国人に対する日本語教育への教訓を得ることは考えておりません。
ありがとうございました。お考えをいただけました。 ただ、このようなことをいろいろと考えますと、日本というネーションを特徴付ける要素は、血縁や情緒ではなく言語と規範をしっかりと共有するということに求めるべきではないかというふうに考えます。規範という意味では重要なのは、パブリックとプライベートを分けるということです。特定の宗教、特徴的な例ではイスラム教が挙げられますが、プライベートな信仰をパブリックな公教育に持ち込むことを求める傾向が知られています。かつてのフランスのライシテは見本として紹介されることが多くありましたが、残念ながら、イスラム系移民の増加によ…