橋本基弘中央大学法学部教授

2026年7月14日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 72 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 95 発言)

先ほども申し上げましたけれども、そもそも国旗を焼く意図というのは政府に対する批判ですよね。それは、民主主義にとってみるともう根幹的な自由です。つまり、政府を批判したり政策を批判したりするというのが表現の自由の主目的ですよね。ですから、それを規制するという側面に比べると、分かりません、濫用があるとは思いませんけれども、おりに入れるというその必要性よりもはるかに、政府批判を取り締まるという危険性の方がはるかに大きくて、そちらの方をちゃんとおりに入れておかなければいけないんじゃないのかなと。

制約すべきというのは、まあそういう事実があるとは思いませんけれども、恣意的に法の適用がなされているということよりも、政府批判を取り締まるというふうなその国家の在り方をおりに入れておく必要の方がはるかに大きいのではないかというふうに思うんです。

要するに、我々が自由な国家に生きてきたというのは、自由に政府を批判しても構わない、それによって処罰をされないということが大前提だったわけですから、そこはどんなことがあってもやっぱり守らなければいけないですね。それが結局、自由な社会のリトマス試験紙みたいなものだということだと思いますので、そこの部分は譲ってはいけないだろうというふうに思います。

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