様々な問題が今後出てまいりますので、自治体も巻き込みながら、いい事例を横に展開して前に進めていただきたいとお願いをしておきます。
次になんですが、資料の二を御覧ください。
フィリピンの残留日本人二世の問題でございます。これ、私、ずっと取り組み続けてまいりました。戦後八十年たっておりますが、まだ解決し切らない問題が残っているような状況でございます。
これは、さきの大戦の前です。フィリピンには多くの日本人が移住をして、例えばダバオでは三万人規模の日本人の町があったということで、多くの日本人が移住をして、そこで結婚をして家庭を持つという状況になっていました。しかし、戦争が勃発をして、そこで日本人は日本軍に徴兵をされて、徴用されて、そして多くが戦死をしたわけなんです。
その後、敗戦に伴う混乱の中で、日本人を父に持つ子供たちの多くが現地に取り残されてしまうわけなんです。当時の国籍法は、フィリピンも日本も父親の国籍が子供の国籍になるということで、彼らは、日本人として生まれて、そして小学校に入る年になれば日本人学校に通っていたという形になるんです。戦後、あれだけ激しい大戦があったフィリピンですので、反日感情が渦巻く中で日本人ということを隠して生きるということを選択せざるを得なかった。そうした子供たちが多くいて、数千人規模でいたんですが、そして、今なお自らのアイデンティティーのある日本国籍を回復できないまま、無国籍の状況で、国籍がない状況で生きているという方が多数いらっしゃるという状況になっています。
そうした方々を私は支援団体の皆さんとともに支援をしてまいりました。今日も支援団体の皆さんがいらっしゃっているんですけれども、支援団体や、そして外務省、フィリピン政府のおかげで初の帰国事業が昨年実現をしました。前に進んでいるのは事実なんですけれども、本当に感謝しているんですが、実はまだ数人のみという状況で、これが現実なんですね。
資料にあるこのカナシロ・マサコさんなんですが、肉親捜しで来日をして、親族が見付かったんです。しかし、いまだ国籍回復がかなわない状況に陥っているわけなんです。こうした方がカナシロ・マサコさん以外にもいらっしゃるので包括的にお伺いをしたいと思っているんですが、無国籍の残留日本人二世なんですね。これ、DNA鑑定で親族関係が証明もされているんです。しかしながら、その日本の御親族とか家族が彼女を家族と認めてほしい、ここ新聞にも書いてあるとおり、認めてほしいというふうに願っているわけなんですが、それがまだかなわないんです。なぜこの就籍がかなわないのか、副大臣、お越しいただいておりますので、お伺いをしたいと思います。
48坂坂越健一総務省大臣官房審議官
御指摘の公民館への宅配ロッカーの設置につきまして、一般的には目的外使用許可で設置しているケースが多いと承知しておりますが、その活用事例について自治体に促すことにつきましては、国土交通省におかれまして物流政策を所管する観点から適切に対応されると考えておりますが、総務省といたしましても、公共施設の効果的、効率的な活用事例の横展開をこれまでも図ってきておりますので、今回のような好事例の周知にも努めてまいりたいと考えております。
この発言のページ
49
塩村あやか(立憲)
ありがとうございます。是非周知をしていただきたいなというふうに思っております。
その上でなんですが、今回どうしてこういう御相談がここに来ているのかというと、やはりその物流という視点が自治体に今余りないということで、これまでは地域の公共交通の確保には自治体、力を入れてきたんですが、やっぱり物流の部署がないということになっているんですね。
地域公共物流という概念の下、これから先いろいろな物流の問題が出てまいります。ドローンで遠隔地帯に飛ばしていくとかいろんな話が出ているので、こうした物流の担当部署というものがないというのはどうなのかなという声がありまして…
この発言のページ
50木木村大国土交通省大臣官房審議官
お答え申し上げます。
今委員御指摘ございましたけれども、地域の物流網の維持、確保に向けまして、地方公共団体の役割も大変重要であると考えております。
具体的には、本年三月三十一日に閣議決定されました総合物流施策大綱におきましても、地方公共団体が協議会の開催等を通じて地域の物流網の維持、確保に積極的に関与、参画していく機運の醸成を図ることを位置付けまして、こうした地方公共団体を含めた協議会に対する支援を行ってきているところでございます。
他方で、各地方公共団体においてどのような組織を設置するかにつきましては、その政策上の必要性や人員体制等を踏まえ、各地…
この発言のページ
- (上の発言)
51
塩村あやか(立憲)
様々な問題が今後出てまいりますので、自治体も巻き込みながら、いい事例を横に展開して前に進めていただきたいとお願いをしておきます。
次になんですが、資料の二を御覧ください。
フィリピンの残留日本人二世の問題でございます。これ、私、ずっと取り組み続けてまいりました。戦後八十年たっておりますが、まだ解決し切らない問題が残っているような状況でございます。
これは、さきの大戦の前です。フィリピンには多くの日本人が移住をして、例えばダバオでは三万人規模の日本人の町があったということで、多くの日本人が移住をして、そこで結婚をして家庭を持つという状況になっていました。しかし、戦争が勃発をして、そこで日本人は日本軍に徴兵をされて、徴用されて、そして多くが戦死をしたわけなんです。
その後、敗戦に伴う混乱の中で、日本人を父に持つ子供たちの多くが現地に取り残されてしまうわけなんです。当時の国籍法は、フィリピンも日本も父親の国籍が子供の国籍になるということで、彼らは、日本人として生まれて、そして小学校に入る年になれば日本人学校に通っていたという形になるんです。戦後、あれだけ激しい大戦があったフィリピンですので、反日感情が渦巻く中で日本人ということを隠して生きるということを選択せざるを得なかった。そうした子供たちが多くいて、数千人規模でいたんですが、そして、今なお自らのアイデンティティーのある日本国籍を回復できないまま、無国籍の状況で、国籍がない状況で生きているという方が多数いらっしゃるという状況になっています。
そうした方々を私は支援団体の皆さんとともに支援をしてまいりました。今日も支援団体の皆さんがいらっしゃっているんですけれども、支援団体や、そして外務省、フィリピン政府のおかげで初の帰国事業が昨年実現をしました。前に進んでいるのは事実なんですけれども、本当に感謝しているんですが、実はまだ数人のみという状況で、これが現実なんですね。
資料にあるこのカナシロ・マサコさんなんですが、肉親捜しで来日をして、親族が見付かったんです。しかし、いまだ国籍回復がかなわない状況に陥っているわけなんです。こうした方がカナシロ・マサコさん以外にもいらっしゃるので包括的にお伺いをしたいと思っているんですが、無国籍の残留日本人二世なんですね。これ、DNA鑑定で親族関係が証明もされているんです。しかしながら、その日本の御親族とか家族が彼女を家族と認めてほしい、ここ新聞にも書いてあるとおり、認めてほしいというふうに願っているわけなんですが、それがまだかなわないんです。なぜこの就籍がかなわないのか、副大臣、お越しいただいておりますので、お伺いをしたいと思います。
52
国光あやの(自民)外務副大臣
塩村委員にお答えをさせていただきます。
まず、フィリピンの残留日系人の皆様方が、長年にわたる困難や苦労の中、フィリピンや様々な地域できずなを育まれてきたことに対しまして敬意を表したいと存じます。また、全ての残留の日系人の方々の国籍取得がいまだ実現していないということも非常に残念に外務省としても感じております。
その中で、個別の就籍、つまり国籍をつくるというこの就籍につきましては、個別の司法判断でございますので、外務省としてはコメントを差し控えさせていただきたいと存じますが、引き続きフィリピン在留日系人の方々の国籍取得に向けた取組を可能な限り支援をして…
この発言のページ
53
塩村あやか(立憲)
少し認識していただきたいんですね。法務省の範疇に踏み込んでくれというふうにお願いをしているわけではなくて、なぜ今この状況にあるのかというところをきちんと外務省が認識しているのか、そこをちょっと確認しなければこの問題一ミリも前に進みませんので、改めて、なぜ今、就籍がかなっていないのか、なぜ司法の判断がそうなっているのかというところが一番の肝であり、そこは法務省の管轄ではありませんので、改めてお伺いをしたいと思います。
この発言のページ
54
国光あやの(自民)外務副大臣
お答えいたします。
塩村委員御指摘のとおり、DNA鑑定では、親子関係ということが一定の立証の可能性というのはあろうかと思いますが、一方での、大戦中からの戸籍関係の書類につきまして、大戦中からフィリピン国内で、御指摘があったように、反日感情の高まりなどによりまして、戸籍関係の書類自体が焼却をされたなどがございました。そして、身分を隠して生活せざるを得ないような状況が重なっていたということがあり、そのため日本人父の国籍の確認ができない等の状況があったというふうに承知をしております。
この発言のページ