塩村あやか (立憲民主党)

2026年6月11日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第15号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 51 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

様々な問題が今後出てまいりますので、自治体も巻き込みながら、いい事例を横に展開して前に進めていただきたいとお願いをしておきます。

次になんですが、資料の二を御覧ください。

フィリピンの残留日本人二世の問題でございます。これ、私、ずっと取り組み続けてまいりました。戦後八十年たっておりますが、まだ解決し切らない問題が残っているような状況でございます。

これは、さきの大戦の前です。フィリピンには多くの日本人が移住をして、例えばダバオでは三万人規模の日本人の町があったということで、多くの日本人が移住をして、そこで結婚をして家庭を持つという状況になっていました。しかし、戦争が勃発をして、そこで日本人は日本軍に徴兵をされて、徴用されて、そして多くが戦死をしたわけなんです。

その後、敗戦に伴う混乱の中で、日本人を父に持つ子供たちの多くが現地に取り残されてしまうわけなんです。当時の国籍法は、フィリピンも日本も父親の国籍が子供の国籍になるということで、彼らは、日本人として生まれて、そして小学校に入る年になれば日本人学校に通っていたという形になるんです。戦後、あれだけ激しい大戦があったフィリピンですので、反日感情が渦巻く中で日本人ということを隠して生きるということを選択せざるを得なかった。そうした子供たちが多くいて、数千人規模でいたんですが、そして、今なお自らのアイデンティティーのある日本国籍を回復できないまま、無国籍の状況で、国籍がない状況で生きているという方が多数いらっしゃるという状況になっています。

そうした方々を私は支援団体の皆さんとともに支援をしてまいりました。今日も支援団体の皆さんがいらっしゃっているんですけれども、支援団体や、そして外務省、フィリピン政府のおかげで初の帰国事業が昨年実現をしました。前に進んでいるのは事実なんですけれども、本当に感謝しているんですが、実はまだ数人のみという状況で、これが現実なんですね。

資料にあるこのカナシロ・マサコさんなんですが、肉親捜しで来日をして、親族が見付かったんです。しかし、いまだ国籍回復がかなわない状況に陥っているわけなんです。こうした方がカナシロ・マサコさん以外にもいらっしゃるので包括的にお伺いをしたいと思っているんですが、無国籍の残留日本人二世なんですね。これ、DNA鑑定で親族関係が証明もされているんです。しかしながら、その日本の御親族とか家族が彼女を家族と認めてほしい、ここ新聞にも書いてあるとおり、認めてほしいというふうに願っているわけなんですが、それがまだかなわないんです。なぜこの就籍がかなわないのか、副大臣、お越しいただいておりますので、お伺いをしたいと思います。

前後のやりとり

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