高市早苗 (自由民主党)内閣総理大臣

2026年7月6日・第221回国会 参議院 決算委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 61 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 221 発言)

私は、一九八七年に、当時、米国の下院議員をしていたパトリシア・シュローダーの下で学びたいと思いまして、同氏の事務所で働きたいと手紙を書いて御了解をいただいたことから渡米しました。

受入れ当初の二か月間はインターンでございました。これは、コングレッショナルフェローというのは、これはスポンサーシップが必要なもので、スポンサーシップはあったのですが、前任の方が、大学の助教授の方がおられて、その方の任期が二か月ございましたので、三か月目からコングレッショナルフェローとしての要件を満たしているということで、仕事内容も議員の活動に必要な様々な調査や分析を依頼されるようになり、コングレッショナルフェローとして専用のデスク、名刺も与えていただきました。以後、事務所内外でコングレッショナルフェローの肩書を使って活動していたことから、経歴を申し上げる際にも使用しております。

この肩書については、以前、週刊誌でしたか、日刊紙でしたかで、ただのインターンだったんじゃないかとか書かれましたので、それは先方の事務所の責任者からきっちりとコングレッショナルフェローとして仕事をしていた旨証明する書簡を発出してもらいました。

具体的な調査、分析内容ということですが、中小企業に関する米国の政策、金利と住宅に関する政策、為替、関税や輸送コスト等の分析に基づく米国の貿易政策、防衛に関する同盟国との負担の共有、発展途上国における女性の問題などが主なものでございます。コングレッショナルフェローのプログラムは一定の団体のスポンサーシップが要件でございます。

以上です。

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