東野秀樹 (自由民主党)

2026年5月25日・第221回国会 参議院 決算委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 3 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 249 発言)

おはようございます。自由民主党・無所属の会、全国比例区の東野秀樹であります。

本日は、初の決算委員会出席という中で、質問の機会を頂戴しましたことに、委員長始め、先輩、同僚議員の皆さんに心から感謝を申し上げるものであります。

私の出身は、北海道内陸北部の名寄市という、一年間の三分の一、四か月が雪に覆われる、さらには夏冬の寒暖差が六十度と、極めて地方の中の地方、さらにはドラマ「北の国から」をイメージする純農村地域出身であります。北海道開拓五代目として、モチ米を始め、畑作、園芸作物等を生産する農業を営んでございます。

さて、農業現場では、現在も少ない農業者で農地を耕し、国民の食料を確保し続けていくために、規模拡大やスマート農業の推進など様々な取組を行ってございますが、特に離島や中山間地域の条件不利地においては、規模拡大にも既に限界等を迎えながら、やがては農地やコミュニティーそのもの、維持すら困難になる地域が増加し、我が国の食料安全保障の確立は今より更に厳しくなると想定をされております。

私の地元は名寄市と申し上げましたが、行政合併以前は旧風連町でありました。私が幼少期の当時、人口八千人程度、小学校は小規模校も含めて五校もありました。しかしながら、町内の、あっ、さらには私の同級生も百人ほどおりました。しかしながら、今、五十年がたった今は、人口は約半分以下、私の五人の孫たちが通う学校は一校となって、一学年十名ほどしかいない状況となっております。私の幼少期と比較して、地域の人口は二分の一の減少に対して、子供の数は十分の一に激減してしまっており、高齢者人口の比率が高まった典型的な地域であると言えると思います。

そうした現状の中、二〇〇九年から始まった総務省の地域おこし協力隊制度等によって、志ある若者たちも全国各地で活躍、定住をしてくれておりますが、それでもまだ現役世代の若者が少ないため、役割分担もままならない状況でありまして、農業を始めとする経済活動の担い手役に始まり、地域活動には欠かせない行政や集落の役員であったり、さらには学校のPTAの役員、そして消防団に至るまで、全て一人何役も背負わなければならない、これがまさに地方の現状であります。

このような中、政府の掲げる地方創生は、十二年前に施行されたまち・ひと・しごと創生法に基づいた長期ビジョン及び総合戦略の策定に沿って、我が国の急速な少子高齢化に的確に対応し、人口減少に歯止めを掛けるとともに、東京圏、都市部への過度の集中を是正し、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくため、これまで取組を進めていただいたものと承知をしてございます。

また、高市内閣総理大臣は、さきの施政方針演説によって、農山漁村、中山間地域を始め、四十七都道府県のどこに住んでいても、安全に生活することができ、必要な医療や福祉、そして質の高い教育を受けることができ、働く場所がある、これが高市内閣の目指す日本の姿だと述べられました。まさに日本列島を強く豊かにが示す真の意味合いだと私は理解をしてございます。

本日は、地方農村地域に住み、農業を営む私の立場から、この国の目指す地方創生の実現に向け、現場実態を踏まえた質問をさせていただきたいと思います。

まず、昨年六月、地方創生二・〇基本構想を閣議決定をし、今後十年間を見据えた地方創生の方向性が定められました。その後、総合戦略を閣議決定し、現在、これらに基づき地方創生の取組が進められているものと解釈をしてございます。

地方創生の取組が開始されて十二年が経過し、これまでに出産、子育て支援や生活必需サービスの維持確保、移住支援、政府関係機関の地方移転等、全国各地で様々な取組が行われてまいりました。その一方で、人口減少や東京一極集中、都市部への流れを変えるまでには至っていないという声も聞かれております。

私も、地元の農協組合長の経験から、地方のライフライン維持や地域活性化等にも、行政とともに地域一丸となってこれまで汗をかいてまいりました。

そこで、まず、十二年が経過した地方創生の取組についての成果、そして残されている課題と更なる対応策について、黄川田大臣にそれぞれお伺いをいたします。

前後のやりとり

7の発言を見る