石原宏高 (自由民主党)環境大臣・内閣府特命担当大臣(原子力防災)

2026年5月12日・第221回国会 参議院 環境委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 124 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

実は、父が環境庁長官時代に面会した胎児性の患者さんともお目にかかる機会がございました。また、その中のお一人に私がネットで見付けた四十九年前の写真をお見せをしたら、これが私ですよというふうにですね、行っただけのことがありました。

さらに、個人的には、実はいろんな書物を見ると、父が最後に、胎児性の患者の方、ちょうど父の頃は二十代だったんですけれども、就職というか働けるようにということを会ったときにお約束をしたんですが、それはなかなかかなわなかったと。

そういう中で、一方で、胎児性患者の方がちょうど二十歳ぐらいだったんですが、自分たちで何かやりたいということで、当時はまだ私の叔父の石原裕次郎もプロダクションを持っていたので、石原プロから当時ホリプロに所属されていた石川さゆりさんにお願いをして、昭和五十二年にうちの父が多分環境庁長官だったんですが、翌年かその年かですけれども、初めて石川さゆりさんのコンサートが行われました。

実は、今年も、公式確認七十年ということで、熊本県の御尽力もあって、十一月に石川さゆりさんのコンサートが行われる予定であります。そのことについても、父そして私がお会いしたこの胎児性の患者の方から、非常に楽しみにしているというような感じの感触も得たところであります。

今回訪問する中で、現在もなお水俣病の症状に苦しんでおられる方、訴訟を行う方など、様々な立場の方々がおられることを改めて認識したところであります。医療、福祉の充実や地域振興に関する多くの御意見もいただきました。

そして、先ほど部長の方からお話がありましたが、昨年に水銀条約の締結会議がジュネーブで開催をされて、そこに参加をされた水俣高校の二人の女子高生、発表の内容なんかも聞かせていただいて、本当に地域の未来についての意見も聞く貴重な機会になったというふうに思います。

引き続き、水俣病被害者特措法の趣旨にのっとり、水俣病の最終解決を目指して全力を尽くしていくことが必要であるというふうに改めて感じたところであります。

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