向山好一 (国民民主党)

2026年7月15日・第221回国会 衆議院 本会議 第32号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 12 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 24 発言)

国民民主党の向山好一でございます。

私は、会派を代表いたしまして、ただいま議題となりました副首都法案に対して反対の立場から、そして大都市法改正案に対しては賛成の立場から討論をさせていただきたいと思います。(拍手)

まず申し上げたいのは、私たちは副首都の必要性そのものを否定するわけではありません。

私は、阪神・淡路大震災を経験した神戸を地元としております。あの震災のとき、首都東京の機能が維持されていたからこそ、国全体が復旧復興を支えることができました。東日本大震災、熊本地震、そして能登半島地震も同様だったと思います。だからこそ、首都直下地震など国家危機に備えて、東京を補完する危機管理拠点を整備すること自体は重要なことだという認識を強く持っております。私自身も、民主党政権時代、危機管理都市としての副首都法案の策定に携わってきました。

しかし、この法案は、残念ながら、その理念とは大きく異なっているとしか言いようがありません。

以下、反対の理由を述べます。

まず、大切なことは、副首都の役割には国家の危機管理、安全保障の視点が欠かせないということです。

ところが、この法案には、その視点よりも、特定の地域制度の改革を実現するための政治的な意図が強く、色濃く反映されています。審議を通じて明らかになったように、本法案の制度設計には、大阪都構想との一体化、これを強く意識した経緯が残っています。副首都という国家的課題に地方自治制度の変更を結びつける合理的な理由は、最後まで示すことがありませんでした。

国家百年の計である副首都整備を地方の制度改革のツールとして利用することは、決して国民の理解を得られるものではありません。

第二に、本法案は、首都と副首都の定義が極めて曖昧なままです。

首都とは単に行政機関が集積する場所ではありません。国家の中枢機能とは何を示すのか、どこまで移転し、どこまで代替するのか、審議を通じても曖昧なままです。その根幹が曖昧なまま制度だけをつくることは、極めて無責任な態度としか言いようがありません。

第三に、本法案は、巨額の財政負担について何ら具体的な説明を行っていないということです。

交通インフラ、行政中枢機能、都市整備、産業支援、税制措置など、法案には多くの施策が列挙されております。しかし、それが総額どのくらい必要なのか、国民負担や地方負担がどの程度生じるのか、何一つ明らかになってこなかったんです。これだけの国家プロジェクトでありながら、費用の見通しすら示さず法律だけを成立させることは、財政に対する責任ある姿勢とは決して言えません。

第四に、法案は、副首都を複数指定できるという構造になっています。複数指定となれば、それぞれにバックアップ機能を整備する必要が生じます。これは、結果として二重三重の行政投資を招きかねません。二重行政の解消を掲げる政党が、その理念と整合するのか、大きな疑問が残ります。

そして最後に、本法案の目的には、多極分散型国家経済圏の形成というのが掲げられております。しかし、多極分散とは特定の二都市を強化することでは決してありません。東京と大阪のツインエンジンではなくて、全国各地がそれぞれの特色を生かして発展するマルチエンジンの国家を目指すことこそが、本来あるべき多極分散型国家経済圏の形成ではないでしょうか。その意味でも、副首都だけに政策資源を集中するこの法案は、多極分散という理念とも整合しているとは決して言えません。

副首都整備は、国家の危機管理であり、安全保障であり、国民全体のための政策でなければなりません。だからこそ、特定の政治課題や地域事情から切り離して、超党派で合意できる制度として構築すべきじゃないでしょうか。

さらに申し上げます。

大都市制度改革には一つの正解しかないわけでは決してありません。特別区制度を選択する地域もあれば、政令指定都市としての一体性を維持しながら権限と財源を一元化する特別市という選択肢を望む地域もあります。重要なのは、どちらの制度が優れているかを国があらかじめ決めるのではなくて、それぞれの地域が自ら最も適した制度を選択できることではないでしょうか。

副首都という国家的役割を担う都市についても、特別区のみを前提とするのではなく、特別市も制度上の選択肢として位置づけることこそが地方分権の理念にかなうものではないか、このこともしっかりと申し添えさせていただきたいと思います。

副首都法案、これは国の形を変える改革だけに駆け足で成立に向かうのではなくて、一度立ち止まり丁寧に議論し、お互いに知恵を出し合い、真に国民全体の利益となる副首都制度にすべきではないか、このことを強く申し上げたいというふうに思います。

次に、大都市法の改正、つまり、住民投票と公職選挙の同日実施禁止法案について討論をいたします。

本法案の目的は、民主主義の根幹である公正な競争の下での選挙制度と住民投票の自由な意思形成、この両方を守るためのものであります。住民投票は、住民が特定の政策について直接意思を表明する制度です。一方、公職選挙は、誰に決定権を委ねるのか、任せるのか、これを決める制度です。目的も判断基準も異なる二つの制度であるからこそ、それぞれ独立した環境の中で住民が冷静に判断できることが求められております。

しかし、これを同日に実施した場合、公職選挙に立候補する候補者や政党が、選挙運動と住民投票運動を一体として展開することが可能になります。例えば、知事選挙の候補者が自らへの投票を呼びかけると同時に、住民投票の賛否を訴えることも可能になるわけです。これに対して、公職選挙だけを戦う候補者や住民投票だけに活動する市民団体や関係者は、そのようなことは一体的な運動としてはできません。

結果として、一方は、二つのテーマを同時に訴えることができる、いわゆる二馬力としての選挙運動となって、他方は、公職選挙だけ、あるいは住民投票だけという、一馬力の活動を余儀なくされることになります。これは、政治的な主張の中身以前に、競争条件そのものが公平ではないのではないでしょうか。

公職選挙法は、選挙期間中の政治活動について極めて詳細なルールを設けています。それは、候補者間の公平性を担保し、有権者が公正な環境で判断できるようにするためであります。しかし、住民投票運動には、公職選挙とは異なるルールが適用されています。その二つが同時に進行することで、選挙運動と住民投票運動が実質的に融合して、公職選挙法が予定していない新たな不均衡が生じることになるわけであります。

民主主義は、結果だけが重要なのではありません。その結果に至るまでの過程が、公平であり、透明であり、全ての参加者に等しい機会が保障されていることが何よりも不可欠であります。

住民投票は、行政組織の将来を左右する重大な意思決定です。だからこそ、候補者個人の人気や政党支持と結びつけることなく、制度そのものの是非について住民が判断できる環境を整えなければいけません。また、公職選挙も、本来問われるべきは候補者の資質や政策であります。住民投票の賛否が選挙全体を左右するような状況は、有権者にとっては適切とは思えません。

本法案は、そのような混同を避け、選挙は選挙として、住民投票は住民投票として、それぞれ独立した民主的な手続を保障するための制度整備であります。

国民民主党は、対決より解決を掲げています。そのベースにあるものは、公正なルールに基づく意思決定です。制度改革における最も重要なのは、特定の政策、政治に有利なルールを作ることではなく、誰に対しても公正なルールを整えることです。本法案は、まさにその法案であります。

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