國重徹 (中道改革連合)

2026年5月20日・第221回国会 衆議院 法務委員会 第11号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 16 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 184 発言)

今回の法改正の趣旨からするとそのようになるんだろうというふうに思います。

人は、必ずしも合理的な判断をするだけじゃありません。愚行権と呼ばれるようなものもありますけれども、客観的に見れば最善ではないかもしれないけれども、それでも自分で考えて自分で決めていく、その自己決定を尊重すること、これがその人らしい幸福につながるんだというふうに思います。

私はかつて総務大臣政務官を務めさせていただいたことがありますけれども、そのときにデジタル活用共生社会実現会議という新たな会議を立ち上げました。この会議は、どれだけ年齢を重ねたとしても、どんな障害を持っていたとしても、デジタル技術を活用することで誰もが豊かな人生を享受できる共生の社会を実現していこうという目的で立ち上げた会議になります。その会議の構成員には、八十歳を超えた高齢者の方にもなっていただきましたし、障害をお持ちの方、目が見えない、耳が聞こえない、あるいは知的障害を持たれた方にも構成員になっていただきました。

そのとき、その会議の席で、知的障害を持たれた、そういうグループのリーダー格の人が、自分たちがスマホを使おうとすると、だまされるとか危ないとか言われて使わせてくれないことが多い、でも、そんなことばかり言っていたら何もできなくなる、自分たちの可能性を広げるために使わせてほしい、任せてほしい、こういう趣旨のことをおっしゃっていて、そのとき私も参加をしていて、感じるものがありました。

当事者の声を聞いていないと、ともすれば、机上の空論で、危険性とか、守ることばかり考えてしまうことになりかねません。でも、立ち返るべきは当事者の思いであり、声であります。

他方で、本人の意思を尊重するという今回の改正の理念、これは重要ですけれども、じゃ、実際にどうやって本人の意思、真意というのを酌み取っていくのか。これは、家族とか福祉のプロであったとしても、被補助人の意思を酌み取るというのはそうそう簡単なことではないケースもあると思います。

補助人が本人の意思、真意を酌み取っていくためにどのような取組を今後行っていくのか、お伺いします。

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