川裕一郎 (参政党)

2026年5月20日・第221回国会 衆議院 内閣委員会 第13号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 26 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 169 発言)

参政党の川裕一郎です。よろしくお願いいたします。

まず、地元石川県及び全国の不登校の現状を共有した上で、不登校が大人の引きこもり、さらには八〇五〇問題、九〇六〇問題へと連なっていく構造的課題について質問させていただきます。

石川県では、二〇二四年度、小中学校の不登校児童生徒が七千四百三十二人、高校では一千五百二十六人となり、いずれも過去最多を更新しました。前年度から小中学校だけでも四百十九人増加をしており、小中高生合わせると約九千人もの子供が年間三十日以上学校に通えていない状況であります。

全国に目を向けても、文部科学省の調査によれば、二〇二四年度の小中学校の不登校児童生徒は三十五万三千九百七十人と、十二年連続で過去最多を更新しています。小学生は十三万七千七百四人、中学生は二十一万六千二百六十六人、児童生徒の全体の三・九%、つまり小中学生の二十六人に一人が不登校という、もはや例外ではなく身近に起こり得る、そういう水準に達しています。

一方、内閣府の調査では、十五歳から六十四歳の広義の引きこもりは約百四十六万人と推計されています。これは、同年代人口のおよそ二%、五十人に一人に相当し、その中には不登校や中退、就労のつまずきなどをきっかけに、長年にわたって社会との接点を失ってしまった方々も多数、数多く含まれています。

そして、現在、親が八十代、子が五十代の八〇五〇問題、親が九十代、子が六十代の九〇六〇問題と呼ばれるこういう世帯では、親子共に高齢化をし、生活困窮や孤立、親亡き後の不安が一層深刻化しております。介護と引きこもり、年金と生活費、老朽化した自宅の問題など複数の困難が幾重にも重なり、一家庭だけでは到底解決できない状況に置かれています。

本来であれば、安定した就労を通じて所得税や住民税を納め、社会保障財政を支える側に立っていたはずの人たちが、適切な支援につながれないまま長期の不登校や引きこもり状態となり、結果として生活保護などの公的扶助に頼らざるを得ない状況に追い込まれているのが現実であります。これは、一人一人にとっての人生設計の破綻であると同時に、本来は納税者であったはずの人々が給付の受け手とならざるを得ないという意味で、国家財政と社会保障制度にとっても二重三重の損失であると思います。

私は、この問題を、不登校、引きこもり、八〇五〇問題、九〇六〇問題を別々に扱うのではなく、一つの連続した構造的問題として捉える必要があると考えています。子供の段階のつまずきが、適切な支援につながれないまま時間だけが経過をし、やがて中高年の引きこもり、さらには親子共に行き場を失う八〇五〇、九〇六〇問題へと連なっていく、その流れをどこで断ち切るのか、どこで支え直すのかという、人生全体を見直した視点が今最も求められているのではないでしょうか。

その問題意識に立って、以下、順次質問をさせていただきます。

まず、不登校から大人の引きこもり、そして八〇五〇、九〇問題へと至る連続した課題として、認識について伺います。

石川県では、小中高生合わせて九千人の子供、若者が、年間三十日以上学校に通えていません。全国でも不登校、小中学生は三十五万人を超え、小学生は十年前の約五・五倍、中学生はおよそ二・二倍に増加をしています。これは、単に学校現場だけの問題ではなく、将来の就労、地域社会、さらには社会保障財政にまで影響を及ぼす長期的かつ構造的な課題です。若い頃の不登校や学校不適応が、その後の就労困難、人間関係の孤立につながり、一部は大人の引きこもり状態へと移行しています。そして、その延長線上に、親子共に高齢化し、支え合うことすら困難になった八〇五〇、九〇六〇問題があります。

そこで、伺います。

政府として、不登校から引きこもり、八〇五〇、九〇六〇問題に至るまでを一つの連続した社会課題としてどのように認識をしているのか、また、それを単なる個別の問題ではなく、地方の実態も含めた構造的危機としてどの程度の規模と深刻さで捉えているのか、可能な限り具体的なデータや分析を交えてお示しください。

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