福原淳嗣 (自由民主党)

2026年4月14日・第221回国会 衆議院 財務金融委員会 第7号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 57 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 130 発言)

自由民主党の前財務金融委員の福原淳嗣です。

今回、質問の機会をいただきましたこと、委員長、そして理事の皆さん、全ての財務金融委員の先生方に感謝を申し上げ、通告どおり質問をさせていただきたいと思います。

金融機能強化法の質疑と聞いて私の頭をよぎったのは、もちろん地元の銀行なんですけれども、プラザ合意であります、今から四十年前。プラザ合意になったとき、圧倒的に円が高くなったということもありまして、秋田は鉱山県でありますが、ほとんどが閉山をしてしまいました。円が高くなり過ぎたゆえに、一九八五年から、私は当時高校生でしたけれども、秋田の農業もどんどんどんどん衰退していくのを目の当たりにしてきました。

そして、バブルが始まり、崩壊をして、アジア危機があって、そして、この金融機能強化法が平成十六年、二〇〇四年に制定をされ、それからも、リーマン・ショックがあり、東日本大震災があり、コロナショックがあり、都度、地域金融機関というのは本当に厳しい中にもあったが、その中でもきちんと政府のフォローをいただいたおかげで本日に至っております。

是非、私、一番最初にお聞きしたいのは、プラザ合意から四十年たった今、改めて、我が国の金融情勢、そして地域金融力について、その中でも特に金融機能強化法が果たしてきた役割について、政府の見解をお聞きしたいと思います。

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