豊田真由子 (参政党)

2026年5月22日・第221回国会 衆議院 厚生労働委員会 第11号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 99 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 147 発言)

ありがとうございます。

住み慣れた地域で自分らしい暮らしを継続する、これは本当にこのワーディングがどう実現するかだと思うんですが。

それで申し上げますと、私も、介護の施設、これは有料も特養もですけれども、現場のお手伝いをしておりました。父が一昨年に亡くなったときも、病院からホームということで、いろいろな結構たくさんのところを見に行きました。また、ヨーロッパに住んでいるときは、ヨーロッパのホームも見に行きまして、ちょっとこれは本当に言葉が難しいんですけれども、身も蓋もない言い方になっちゃうんですけれども、私、たくさん見て、日本の国のホームとか特養とかも含めて、自分が将来ここに入りたいか、あるいは自分の大事な家族をここに入れたいかと思ったら、ごめんなさい、ちょっと語弊があるかもしれませんけれども、基本的にノーだったんですね。

それは何かというと、これはもちろんホームとか施設の方とか職員さんが悪いわけでは全くなくて、現行の介護保険制度がそれを前提としていないということだと思うんですが、基本的にはやはり、閉ざされた空間の中で生活をして、決まった食事とか就寝とかで、決まったレクリエーションがあって、外に行けない、行かせられないんですね。

私、ヨーロッパで、全部が全部そうじゃないと思うんですけれども、見たいろいろな施設とかホームだと、結構外出を、もちろん車椅子であったり大変な方もあるんですけれども、それを介助しながら、普通に買物に行ったりとかお花見をしたりとか。何かやはり人間の、人間らしいそれまでの生活、何十年も生きていらした高齢者の方の日常の延長がそこにあるかということが私はとても大事だと思っていて。

何かそんなきれいごとを言っているんじゃないよみたいな感じになっちゃうかもしれませんけれども、ケアだけでもすごい大変というのは私も現場を見ているので分かるんですね。もちろん分かるんです。身体介助も含めて、食事の世話も含めて、ミニマムな、命とクオリティーのあるライフを維持するだけで本当に大変な状況なんですが、更にプラスアルファで、人間らしい生活、楽しみというのは何だろうみたいなことが、ちょっと今、日本のホームとか特養の中に私は見出すことが非常に難しいなと思っていて、これはどうすればいいのか私もまだ解がないんですが。

ただ一方で、私のところは違いましたけれども、例えば、物すごいゴージャスな建物とかしつらえがあったりするような有料老人ホームも結構ございます。私はやはり、人間も建物も外見ではなくて中身だと思っておりますので、その中身という意味において、サービスのクオリティーが高いということもそうですし、ちょっと抜本的に目を変えて、今までその方がやってきた生活を、どうやって外の世界とつながる、開かれているという意味においても続けるのかななんということが、ずっと課題として考えております。

今回、登録制度を導入するということで、登録基準が設けられることになっておりまして、ちょっと私が申し上げた話とは直接直結できないと思うんですけれども、有料老人ホームの中身、クオリティーのありように関する内容もしっかりと登録制度の基準に位置づけていただきたいと思います。

そしてまた、いろいろな地域社会への参加などを促すという点についても、有料老人ホームが特定施設となった場合には、介護報酬で評価されるということも必要だと考えますけれども、ちょっとここは、私の理想と現実の間にあるギャップが少しでも埋まっていくと、現場の負荷が増えてはいけないんですけれども、それをきちんと評価する形で、私がというよりは、ここにいる多くの方も、また国民の方も、自分が将来年を取ったときに、このホームに入りたいなというホームが適正な価格で、幸せが継続するのをどうやってつくっていけるのかなというところをちょっとお伺いしたいと思います。

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