政府として総括ということになると、実は、私の前職であります経済再生担当大臣が総括すべき所管だと思うので、政府の見解というより、私がこう思うということでお許しをいただきたいと思います。
ある意味では所管外のことになるんですけれども、一九九〇年代のバブル崩壊以降の長期化したデフレの背景は、私自身は、企業が投資をしてリターンを拡大するという成長を志向するのではなく、まさに委員御指摘のとおりです、足下の利益の確保のためにコストカットを選び、さらに、その上に、雇用を維持する代わりに賃金を低く抑えてくる、あるいは伸ばさないという決断を、政治も企業も、国全体としてしてきたということが消費の停滞を招き、結果として長引く物価の低迷を招いたものと認識しています。
誰も首にならないためにワークシェアリングしようという、一言で言うと。それをやってきた結果、賃金が上がらずデフレに陥っていくことはもう当然だったということだと私は理解をしています。
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山岡達丸(中道)
もう時間が来たので私の言いっ放しになりますが、通常時の価格の上下によるもうけあるいは損、それはあると思いますが、今回は国家備蓄を入れているわけであります。それは政府の判断で、任意でそのタイミングで入れているわけであります。そのタイミングが非常に大きな利益を得るというタイミングであり、そのことは、これは後々に問題になる可能性があるということを強く懸念して申し上げます。
経産省、エネ庁も非常に取り組んでいただいていることに敬意を表しますが、いろいろ有事に走って後に別のことでたたかれるというケースを私も何度も見てまいりましたので、今のうちから正すべきは正して…
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工藤彰三(自民)
次に、河野義博君。
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河野義博(中道)
中道改革連合の河野義博です。どうぞよろしくお願いします。
非常に複雑で、また難易度の高いこの局面で経済環境も激変していく、外交情勢も日々刻々と変わっていく中で、赤澤大臣が時宜を得た御判断をなされ、また力強く政策を進めていただいていること、心より敬意を表しますし、お支えいただいております二役、三役そして政府関係者にも心より敬意を表して質問に入らせていただきたいと思います。
所信質疑でございますので、私は大きなテーマで、どうやって実感が持てる経済成長を国民に浸透させていくか、そういう観点で大臣の胸をおかりして質問させていただきたいと思います。
企業収益…
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- (上の発言)
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赤澤亮正(自民)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)
政府として総括ということになると、実は、私の前職であります経済再生担当大臣が総括すべき所管だと思うので、政府の見解というより、私がこう思うということでお許しをいただきたいと思います。
ある意味では所管外のことになるんですけれども、一九九〇年代のバブル崩壊以降の長期化したデフレの背景は、私自身は、企業が投資をしてリターンを拡大するという成長を志向するのではなく、まさに委員御指摘のとおりです、足下の利益の確保のためにコストカットを選び、さらに、その上に、雇用を維持する代わりに賃金を低く抑えてくる、あるいは伸ばさないという決断を、政治も企業も、国全体としてしてきたということが消費の停滞を招き、結果として長引く物価の低迷を招いたものと認識しています。
誰も首にならないためにワークシェアリングしようという、一言で言うと。それをやってきた結果、賃金が上がらずデフレに陥っていくことはもう当然だったということだと私は理解をしています。
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河野義博(中道)
一人の給料を百万円上げるのと、百人の給料を一万円上げるのと、数字で見れば一緒なんですけれども、はるかに後者の方が難しい、そういったことをしやすくする仕組みというのをしっかりつくっていかなければいけないなというふうに思っています。
第二次安倍政権以降の経済評価について、アベノミクス、スガノミクス、キシダノミクス、イシバノミクス、そしてサナエノミクスと、読むだけでも大変でありまして、やや斬新性には事欠いているわけでありますけれども、第二次安倍政権以来、大胆な金融緩和、金利を下げて財政出動させる、私はこの道しかなかったと思うし、これが成果を上げてきたというこ…
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山田賢司(自民)経済産業副大臣・内閣府副大臣
お答え申し上げます。
まず、いわゆるアベノミクスの期間におきましては、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という経済政策の三本の矢が掲げられたところであり、新型コロナウイルス感染症の流行前までの期間で申し上げましたら、まず、名目GDPは二〇一二年十―十二月期五百二・四兆円から二〇一九年十―十二月期五百六十四・五兆円と増加、就業者は二〇一二年六千二百八十万人から二〇一九年六千七百五十万人と増加、有効求人倍率は二〇一二年十二月〇・八三倍から二〇一九年十二月一・五六倍と増加、企業の経常利益は二〇一二年度四十八・五兆円から二〇一八年度八…
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河野義博(中道)
二〇一〇年、一一年、一二年、ロンドンで仕事をさせていただいていました。当時、ロンドンのピカデリーサーカス、渋谷のスクランブル交差点みたいなところだと思いますが、当時は一番いいところの電光の広告塔がパナソニックとトヨタだったんですね。これが二〇一一年ぐらいだったと思いますけれども、サムスンとLGに替わるんですね。ショックでした。株価は八千円台、ドル・円も百円を割る、ユーロも百円ぐらいでした。その中で、太平洋に浮かぶササ舟のように日本が見えていた状況。そこからすれば、やはり金融緩和と財政出動で一定の成果を上げてきた。じゃ、今これからというところであると私は思…
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