茂木大臣、ありがとうございます。シンガポールでのプログラムのことについても教えていただきまして、ありがとうございました。
質問につきまして、通告をしておらず、大変失礼をいたしました。申し訳ございませんでした。ありがとうございます。
そういった意味でも、今御紹介をいただきました取組も含めまして、海外で挑戦をしたいという方、あるいは人と人との交流を海外で持ちたいという方、そういった方々の背中を押すプログラム、たくさん外務省が進めておられると思いますので、そういった取組に深く感謝を申し上げますし、今後もこういった取組がより進んでいきますように、そして、国際社会における相互理解が深まっていきますことを強く期待をしております。
そして、今の私、この場に今立たせていただいておりますけれども、そのことも、海外に出て感じた強い危機感が原点であります。
皆様も御存じの方がいらっしゃるかもしれないんですけれども、私、高校生の頃に、長州ファイブ、長州五傑の存在を知りました。当時、百五十年前に、吉田松陰の下で学んだ五人の若者が命懸けでイギリスに渡り、学び、帰国後に国づくりに尽力した、この話に高校生のときに私は衝撃を覚えまして、外に出て学びたいと考えるようになりました。
その結果、留学をさせてもらいまして、今から十年前の二〇一六年、当時は、イギリスが欧州連合、EUから離脱をするか、その是非を問う国民投票、ブレグジットが行われているときでした。現地で、同世代の若者たちが、居酒屋のようなパブに集いまして、自国の将来について真剣に議論している、その姿を目の当たりにいたしました。混沌とする国際社会の中で自分の国がどのように生き残っていけばいいのかということを、同世代の、二十歳、二十一、二十二歳の若者が、主体的に、本当に真剣に考えて議論している、そんな姿に強い危機感も覚えました。それと同時に、日本の若い世代、これは頑張らなければいけないと、思いを強くしたことを覚えております。
同時に、海外に行ったからこそ、日本の強み、そして魅力も認識をいたしました。誰でも義務教育を受けられる、蛇口をひねれば安全な水をどこでも飲むことができる、食事もおいしい、そして、財布を落としても戻ってくる、そして、命の危機を感じることなく安心して町を歩くことができる、そのような国はほかにはないと思っております。
しかし、その一方で、たくさんの課題も感じました。どうして未来に不安を抱える若者が多いのか、自らの手で命を絶ってしまう若者が毎年増えているのか、怠けているわけではないのに、暮らしがよくなったと実感する人が増えないのか、どうして経済成長が鈍化してしまっているのか、こういった課題意識を学生のときに抱きました。そして、その責任の一端を担う政治の立場で、学生ながらに尽力をしていきたいというふうに考えるようになりました。その原点には、今お話をさせていただきました、まさに海外での経験と、海外で出会った人との出会いがあります。
そういった意味でも、本日は、この場で、外務委員会で立たせていただいておりますことを大変ありがたく、光栄に思っております。
少し長くなりましたけれども、まず一つ目の質問、広島ビジョンの成果と進捗についてお伺いをいたします。
二〇二三年に開催をされましたG7サミット、こちらは、首脳が広島平和記念資料館を訪れ、慰霊碑に献花をしたことは、核の脅威が広がる中で、世界に核軍縮への取組を促すメッセージとなりました。日本が議長国としてのリーダーシップを発揮し、国際社会の結束を高める歴史的なサミットになったと考えております。
同時に、その際、核軍縮に特に焦点を当てたG7首脳による初の共同文書であります、核軍縮に関するG7首脳広島ビジョンを発出されております。核のない世界を究極の目標と位置づけ、安全が損なわれない形で、現実的で実践的な、責任あるアプローチに関与することを確認する内容となっております。
いわゆるこの広島ビジョンでありますけれども、こちらが発出されたのが二〇二三年の五月十九日、もう少しで三年が経過しようとしておりますけれども、こちらの広島ビジョンを踏まえたこれまでの進捗と、そちらに対する評価を伺います。
68
國場幸之助(自民)
次に、鍋島勢理君。
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69鍋鍋島勢理(国民)
おはようございます。国民民主党の鍋島勢理と申します。
同期であります佐々木真琴議員に代わりまして、本日は質問の機会をいただきました。茂木大臣を始め、外務省の皆様に、本日質問させていただけますことに感謝を申し上げます。本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。
私は、常々、人と人との関係性は、時に複雑な国家間の関係をも乗り越える力を持つものだと考えております。その実感を得た経験を少し、冒頭、お話をさせていただきたいと思います。
学生時代にイギリスへ留学をした際に、ホストファミリーの家に同居をしていた、イラン出身のおばあさんがおりました。毎晩そのおばあさ…
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70
茂木敏充(自民)外務大臣
今朝、鍋島委員の方から短い文書でこの質問をいただいたと。今、ある程度お聞きしましたので、答えられる範囲で答えさせていただきたいと思いますが、一般的に、事前に質問通告をいただきまして、しっかり準備をしてお答えをさせていただく、これが望ましいなと、こういうふうに考えていることは御理解いただきたいと思います。
外交においても人と人とのつながりが基本でありまして、様々な国からの招聘であったりとか派遣を通じた人的交流に日本としても取り組んできているところでおります。このような取組、引き続き積極的に進めていきたいと思っております。
外務省において実施する人材交流…
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- (上の発言)
71鍋鍋島勢理(国民)
茂木大臣、ありがとうございます。シンガポールでのプログラムのことについても教えていただきまして、ありがとうございました。
質問につきまして、通告をしておらず、大変失礼をいたしました。申し訳ございませんでした。ありがとうございます。
そういった意味でも、今御紹介をいただきました取組も含めまして、海外で挑戦をしたいという方、あるいは人と人との交流を海外で持ちたいという方、そういった方々の背中を押すプログラム、たくさん外務省が進めておられると思いますので、そういった取組に深く感謝を申し上げますし、今後もこういった取組がより進んでいきますように、そして、国際社会における相互理解が深まっていきますことを強く期待をしております。
そして、今の私、この場に今立たせていただいておりますけれども、そのことも、海外に出て感じた強い危機感が原点であります。
皆様も御存じの方がいらっしゃるかもしれないんですけれども、私、高校生の頃に、長州ファイブ、長州五傑の存在を知りました。当時、百五十年前に、吉田松陰の下で学んだ五人の若者が命懸けでイギリスに渡り、学び、帰国後に国づくりに尽力した、この話に高校生のときに私は衝撃を覚えまして、外に出て学びたいと考えるようになりました。
その結果、留学をさせてもらいまして、今から十年前の二〇一六年、当時は、イギリスが欧州連合、EUから離脱をするか、その是非を問う国民投票、ブレグジットが行われているときでした。現地で、同世代の若者たちが、居酒屋のようなパブに集いまして、自国の将来について真剣に議論している、その姿を目の当たりにいたしました。混沌とする国際社会の中で自分の国がどのように生き残っていけばいいのかということを、同世代の、二十歳、二十一、二十二歳の若者が、主体的に、本当に真剣に考えて議論している、そんな姿に強い危機感も覚えました。それと同時に、日本の若い世代、これは頑張らなければいけないと、思いを強くしたことを覚えております。
同時に、海外に行ったからこそ、日本の強み、そして魅力も認識をいたしました。誰でも義務教育を受けられる、蛇口をひねれば安全な水をどこでも飲むことができる、食事もおいしい、そして、財布を落としても戻ってくる、そして、命の危機を感じることなく安心して町を歩くことができる、そのような国はほかにはないと思っております。
しかし、その一方で、たくさんの課題も感じました。どうして未来に不安を抱える若者が多いのか、自らの手で命を絶ってしまう若者が毎年増えているのか、怠けているわけではないのに、暮らしがよくなったと実感する人が増えないのか、どうして経済成長が鈍化してしまっているのか、こういった課題意識を学生のときに抱きました。そして、その責任の一端を担う政治の立場で、学生ながらに尽力をしていきたいというふうに考えるようになりました。その原点には、今お話をさせていただきました、まさに海外での経験と、海外で出会った人との出会いがあります。
そういった意味でも、本日は、この場で、外務委員会で立たせていただいておりますことを大変ありがたく、光栄に思っております。
少し長くなりましたけれども、まず一つ目の質問、広島ビジョンの成果と進捗についてお伺いをいたします。
二〇二三年に開催をされましたG7サミット、こちらは、首脳が広島平和記念資料館を訪れ、慰霊碑に献花をしたことは、核の脅威が広がる中で、世界に核軍縮への取組を促すメッセージとなりました。日本が議長国としてのリーダーシップを発揮し、国際社会の結束を高める歴史的なサミットになったと考えております。
同時に、その際、核軍縮に特に焦点を当てたG7首脳による初の共同文書であります、核軍縮に関するG7首脳広島ビジョンを発出されております。核のない世界を究極の目標と位置づけ、安全が損なわれない形で、現実的で実践的な、責任あるアプローチに関与することを確認する内容となっております。
いわゆるこの広島ビジョンでありますけれども、こちらが発出されたのが二〇二三年の五月十九日、もう少しで三年が経過しようとしておりますけれども、こちらの広島ビジョンを踏まえたこれまでの進捗と、そちらに対する評価を伺います。
72松松本恭典外務省大臣官房審議官
お答え申し上げます。
二〇二三年のG7広島サミット以来、我が国は、核軍縮に関するG7首脳広島ビジョンを受けまして、広島及び長崎の人々が経験した甚大な非人間的な苦難を人類が二度と味わうことがないよう、G7諸国を含む国際社会と連携しながら、核兵器のない世界に向けた取組を進めてきました。
世界は、戦後最も大きな構造的変化の中にあり、核軍縮をめぐる情勢は一段と厳しいものになっていますが、広島ビジョンが訴えた核兵器の不使用は、戦後八十年継続しておるところでございます。
広島ビジョンは、核兵器のない世界に向けた道が狭く厳しいものだと述べているところでございます…
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73鍋鍋島勢理(国民)
ありがとうございます。
その上で、茂木大臣は当時、幹事長として記者会見で、広島という平和の誓いを象徴する地で開催されたサミットにおいて、核軍縮に関する広島ビジョンをG7として初めて発出できたことは歴史的な意義があった、今回のサミットは、日本がG7議長国としてリーダーシップを発揮し、国際社会の結束を高める、歴史を刻むサミットになったと考えると述べておられました。
この間に、具体的に、どういった国とどのような枠組みでどのような成果があったとお考えかを伺います。
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74松松本恭典外務省大臣官房審議官
これまで我が国は、広島ビジョンを受けまして、国際社会と連携しながら、核兵器のない世界に向けた取組を推進してまいりました。
例えば、昨年の国連総会では、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約、FMCTに対する政治的関心を高めるべく、十二か国から外務大臣を含むハイレベルの出席者を得て、FMCTフレンズ会合を開催したところです。
また、我が国が拠出して国連が立ち上げたユース非核リーダー基金プログラム、この下で、第一期として百名の若者が世界各国から研修に参加をし、その約半数が広島、長崎を訪れ、被爆の実相に対する理解を深めたところです。
引き続き、唯一の戦争被爆国…
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