国民民主党・無所属クラブの佐々木真琴でございます。
先日の初当選から初めての外務委員会での質疑でございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
この場に立って、改めて皆さんの顔を見て、今、自分のことを思い返すと、今から十五年前、東日本大震災のとき、真っ暗闇の中におりました十四歳が、今、十五年たちまして、二十九歳、皆様とともに外交を語る場にいるということ、大変光栄だなと思っております。
当時、私は岩手県宮古市におりました。坂を下りたら津波が来ていた、そんなようなエリアで生まれ育ちました。あのとき、被災地に、そして被災地の子供たちに真っ先に手を差し伸べてくれたのが、同じ岩手県の内陸の皆様、そして日本各地の皆様、さらには世界各地の皆様でございました。直後の米軍のトモダチ作戦を始め、復興期には外務省も、後押しをしていただきまして、トモダチイニシアチブという子供、若者の支援の取組、多数ございました。
私自身も、その一環の中で、カリフォルニア大学バークレー校の土を踏み、外務省飯倉公館で、ミシェル・オバマ夫人と、女性のエンパワーメント、もっと頑張ろうねと握手を固く交わさせていただきました。そのときに、世界はつながっているんだ、未来を変えられるんだと強い確信を持ち、今ここに改めて立っております。
つまり、何が言いたいかと申しますと、外交の力の強さをここにいる皆さんと改めて共有をさせていただきたいと思っております。外交とは国家間の交渉だけではないはずです。人と人から始まるものだと思っております。一人の少女の絶望を希望に変え、人生を、そして地域の未来を根底から変えるもの、すさまじいエネルギーを持ったものだと感じております。
戦争も紛争も、そして災害も、最後に乗り越えるのは人の力でございます。災害はいつ来るか分からないけれども、特に戦争や紛争、やると決めるのも、やめると決めるのも、そして説得をさせるのも人だと思っております。だからこそ、私は今日、外交の力を信じる当事者の一人として、そして被災地から送り出された一人として、日本の外交が本当に国民の、そして地域の未来を照らし出せているのか、茂木外務大臣と真っすぐにお伺いをさせていただきたいと思います。
そして、改めて、十四歳の子供が二十九歳の大人になるまでの十五年間を支えてくださいました皆様に、そして世界中の皆様にも感謝をいたします。震災で生かされたこの命をこれから皆さんのために使っていきたいと思っております。
その上で、まず一つ、茂木外務大臣にお伺いさせていただきます。
東日本大震災から十五年がたとうとしております。当時、外務省としても、各国との調整や支援の受入れなど、外交の現場で大きな役割を果たしてくれたと思っております。十五年という節目を迎えるに当たり、当時の国際社会との連帯であったり、外交の取組、どのように振り返っておられるのか。そして、これからも外務省として、東北とともに歩み、国際社会とのきずなを大切にしていくんだという姿勢について、茂木外務大臣のお考えをお聞かせください。
78
茂木敏充(自民)外務大臣
まず、インド太平洋全体から申し上げますと、FOIPの提唱から今年でちょうど十年になるわけであります。
当時の状況を考えますと、まさにこのインド太平洋地域、人口で見てもGDPで見ても一番最大の成長センターである。この中で、自由な貿易であったりとか通航、こういうものが確保され、また、連結性を更に高めることによって発展につなげていく、こういったことを中心にしながら構想を練ってきたわけであります。
この十年間を考えてみますと、重要鉱物を始め経済安全保障、こういう概念というものが非常に課題というか重要になってきている。同時に、パワーバランスの変化の中で、各国が…
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金城泰邦(中道)
大臣の御答弁、丁寧にいただきました。ありがとうございました。
時間が参りましたので終わりますが、残余の質問等につきましては、また後日の質問で使わせていただきたいと思います。
ありがとうございました。
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國場幸之助(自民)
次に、佐々木真琴君。
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- (上の発言)
81佐佐々木真琴(国民)
国民民主党・無所属クラブの佐々木真琴でございます。
先日の初当選から初めての外務委員会での質疑でございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
この場に立って、改めて皆さんの顔を見て、今、自分のことを思い返すと、今から十五年前、東日本大震災のとき、真っ暗闇の中におりました十四歳が、今、十五年たちまして、二十九歳、皆様とともに外交を語る場にいるということ、大変光栄だなと思っております。
当時、私は岩手県宮古市におりました。坂を下りたら津波が来ていた、そんなようなエリアで生まれ育ちました。あのとき、被災地に、そして被災地の子供たちに真っ先に手を差し伸べてくれたのが、同じ岩手県の内陸の皆様、そして日本各地の皆様、さらには世界各地の皆様でございました。直後の米軍のトモダチ作戦を始め、復興期には外務省も、後押しをしていただきまして、トモダチイニシアチブという子供、若者の支援の取組、多数ございました。
私自身も、その一環の中で、カリフォルニア大学バークレー校の土を踏み、外務省飯倉公館で、ミシェル・オバマ夫人と、女性のエンパワーメント、もっと頑張ろうねと握手を固く交わさせていただきました。そのときに、世界はつながっているんだ、未来を変えられるんだと強い確信を持ち、今ここに改めて立っております。
つまり、何が言いたいかと申しますと、外交の力の強さをここにいる皆さんと改めて共有をさせていただきたいと思っております。外交とは国家間の交渉だけではないはずです。人と人から始まるものだと思っております。一人の少女の絶望を希望に変え、人生を、そして地域の未来を根底から変えるもの、すさまじいエネルギーを持ったものだと感じております。
戦争も紛争も、そして災害も、最後に乗り越えるのは人の力でございます。災害はいつ来るか分からないけれども、特に戦争や紛争、やると決めるのも、やめると決めるのも、そして説得をさせるのも人だと思っております。だからこそ、私は今日、外交の力を信じる当事者の一人として、そして被災地から送り出された一人として、日本の外交が本当に国民の、そして地域の未来を照らし出せているのか、茂木外務大臣と真っすぐにお伺いをさせていただきたいと思います。
そして、改めて、十四歳の子供が二十九歳の大人になるまでの十五年間を支えてくださいました皆様に、そして世界中の皆様にも感謝をいたします。震災で生かされたこの命をこれから皆さんのために使っていきたいと思っております。
その上で、まず一つ、茂木外務大臣にお伺いさせていただきます。
東日本大震災から十五年がたとうとしております。当時、外務省としても、各国との調整や支援の受入れなど、外交の現場で大きな役割を果たしてくれたと思っております。十五年という節目を迎えるに当たり、当時の国際社会との連帯であったり、外交の取組、どのように振り返っておられるのか。そして、これからも外務省として、東北とともに歩み、国際社会とのきずなを大切にしていくんだという姿勢について、茂木外務大臣のお考えをお聞かせください。
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茂木敏充(自民)外務大臣
委員とは初めてこの場で質疑をさせていただきますが、委員が、これまでも様々な困難を乗り越えて、防災の分野であったりとか国際交流に熱心に取り組まれてきた、このことはよく承知をいたしております。
三・一一、東日本大震災に当たって、地元の皆さん、本当に、自分が被災をしている中でもいろいろな復旧復興に携わる、こういった取組をしてこられた。そして、当時、福島の復興なくして東北の復興なし、そして東北の復興なくして日本の再生はないんだという思いで日本全体がそれに取り組んできた。同時に、世界各国から本当に温かい支援の手が差し伸べられた。こういったことに改めて、関わった皆…
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83佐佐々木真琴(国民)
力強い御決意と、これからのことも聞かせていただきました。ありがとうございます。
では、改めてここから質問に入らせていただきますけれども、まずはWPSについて伺ってまいります。女性・平和・安全保障の認識について伺います。
先日の大臣の外交演説の中で、日本らしい人権外交、そして女性・平和・安全保障、いわゆるWPSを積極的に推進するという大変力強いお言葉をいただきまして、その言葉、とても心強いなと思いました。
一方で、先ほども原田委員のときにもありましたけれども、所信の中ではWPSという文言はございませんで、ちょっと残念だなと思ったところでございましたが…
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茂木敏充(自民)外務大臣
そのような御理解で結構です。
先ほども申し上げましたが、本会議での外交演説とこちらでの所信、恒例で時間が限られておりますので言及しなかった部分があるということは御理解いただければと思います。
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