日韓関係については、私自身も、今年の一月に尹大統領がちょっと政変があって混乱していた政局の中で韓国を訪問し、いわゆる議員外交という形で当時の野党、共に民主党の各議員とも話をし、結果、李在明大統領になったわけですが、これからどなたが大統領になってもしっかりと日韓関係を政府レベルにおいても維持できるように取り組もう、こういった議員外交に議連あるいは各議員の活動としても取り組んでいますので、これからも政府と一体となって健全な、良好な日韓関係をつくっていきたいというふうに思っておるところです。
最後になりますが、私は一九七〇年生まれです。茂木大臣は少し先輩であります。小泉大臣は少しお若くございますけれども、いずれも共通するのは戦後生まれの政治家であるということであります。
先日、十月十日に石破前総理が戦後八十年所感というものを出されました。それは、さきの大戦が避けられなかった、国内の政治システムはなぜ歯止めたり得なかったのか、こういう問題提起をされているわけでございます。斎藤隆夫衆議院議員の反軍演説、そして除名といったくだりもそこには書いてあります。軍事費が特別会計に計上されてなかなか手がつけられない状況だった話、政治家の暗殺が相次いだ話、特に国際協調だとか軍を統制しようとしていた政治家が多数暗殺された、こういう話もございました。
そして、今日への教訓としては、文民統制というのは当たり前のように今はありますけれども、運用が大事なんだという話が述べられました。国会議員、議会人たるものはポピュリズムに屈しないこと、縦割りを乗り越えて政府をチェックすること、ジャーナリズムも使命感を持て、歴史に学べ、こういう話がありました。
小泉大臣の所信では、我が国の安全保障環境は戦後最も厳しく複雑なものという言葉がございました。歴代大臣もそのように述べられていると思いますけれども。しかし、戦後、我々は戦争を体験したことはないわけですから、学ぶべきものは戦前しかないわけなんですね。
そういう意味で、私、猪瀬直樹さんの「昭和十六年夏の敗戦」、これも韓国行きの飛行機の中で読破をいたしました。
その中に登場するのは、昭和十六年、すなわち一九四一年ですね、開戦前の夏、総力戦研究所というものができて、そこには、三十代の若き、しがらみなき三十六人の官僚、民間人、軍人が集まって、結論的には、アメリカとの戦いには勝機はない、日米開戦は何としてでも避けねばならないんだという結論が出たにもかかわらず、実際には、鈴木貞一企画院総裁が時の内閣や御前会議への提言として、石油は南方を占領さえすれば、インドネシアの油田さえ押さえれば三年ぐらいはもつんだ、こういう話をすることで開戦に至ったということです。
これはしかし鈴木さんが悪いという話ではなくて、開戦やむなしという空気に包まれていた、こういう中でちょっと言ってみたぐらいの感覚しか鈴木総裁は持っておられないのではないかと猪瀬さんは論評されているわけですけれども。このように、開戦するかしないかということは空気の中で決める、そして、開戦までは考えるけれども、どうやって終わらせるかは曖昧だ、これが日本だ、アメリカというのは戦争が終わった後にどうその国を統治するかということまで考える、この日米の違いがあるんだということも鋭く指摘をされているということでございます。
長々申し上げましたけれども、私が思い起こしても、私が中学生ぐらいのときに学校の社会の先生が、君らは信じないかもしれないけれども、戦争を体験した先生たちがいなくなったら、あなたたちが大人になったら好戦的になって勇ましいことを言う人たちが必ず出てくる、こういう話もありました。政治家としては、今申し上げましたような、石破前総理や猪瀬さんの御著書なんかがむしろ大いに参考になるのではないかというふうに思いますが、小泉大臣と茂木大臣から、戦後生まれの政治家としてのこれからの取組についてお考えをお聞かせください。
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小泉進次郎(自民)防衛大臣
まず、今の点につきましては、今日は小野寺安保調査会長もいらっしゃいますけれども、今後与党の中でも、五類型の撤廃などを含めてどのように進めていかれるか、こういった検討、議論も進むと思いますので、我々政府の立場としても、政府の関係省庁との連携に加えまして、与党ともよく相談をさせていただくことだと思っております。
ちなみに、重徳委員からは、ポジティブリスト、こちらにすべきではないかというお話がありましたが、過去の議論において、重徳委員のような御指摘のお考えもあれば、ポジティブリスト方式は類型に該当するか否かの判断が難しいケースが生じ得ることや安全保障上重要な…
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重徳和彦(立憲)
現時点は与党での話を踏まえということなので、今の御答弁も含めてこれから注視していきたいと思っております。
先ほど日韓議連の話をしました。日韓では、去年の六月、シャングリラ会合で当時の木原防衛大臣がいわゆる火器管制レーダー照射事案については再発防止対策を合意され、日韓の防衛交流、防衛協力というものが進んできたところだと思っております。
と思っていたら、週末のニュースで、海上自衛隊と韓国海軍の共同訓練、月内開催が見送られた話とか、韓国軍の音楽隊が自衛隊音楽まつりへの参加を見送った、こういうニュースも入ってまいりました。順調に進みつつあるところかなと思って…
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小泉進次郎(自民)防衛大臣
韓国との間では、共同訓練を含めて防衛協力・交流に関する様々なやり取りを行っていますが、その逐一についてお答えすることは差し控えたいと思います。
ただ、先ほど重徳先生がおっしゃったように、様々なことがあって平たんな道ではなくてもしっかりと対話、交流をこれから続けていく、そういったことにおいて変わりはありませんし、地域の安全保障環境が厳しさと複雑さを増す中で、日韓そして日米韓、この連携がますます重要となってきているのは論をまたないところだと考えています。
そして、これまで日韓、日米韓の防衛当局においては、大臣同士の間での意思疎通のほかにも、幕僚長級そして…
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- (上の発言)
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重徳和彦(立憲)
日韓関係については、私自身も、今年の一月に尹大統領がちょっと政変があって混乱していた政局の中で韓国を訪問し、いわゆる議員外交という形で当時の野党、共に民主党の各議員とも話をし、結果、李在明大統領になったわけですが、これからどなたが大統領になってもしっかりと日韓関係を政府レベルにおいても維持できるように取り組もう、こういった議員外交に議連あるいは各議員の活動としても取り組んでいますので、これからも政府と一体となって健全な、良好な日韓関係をつくっていきたいというふうに思っておるところです。
最後になりますが、私は一九七〇年生まれです。茂木大臣は少し先輩であります。小泉大臣は少しお若くございますけれども、いずれも共通するのは戦後生まれの政治家であるということであります。
先日、十月十日に石破前総理が戦後八十年所感というものを出されました。それは、さきの大戦が避けられなかった、国内の政治システムはなぜ歯止めたり得なかったのか、こういう問題提起をされているわけでございます。斎藤隆夫衆議院議員の反軍演説、そして除名といったくだりもそこには書いてあります。軍事費が特別会計に計上されてなかなか手がつけられない状況だった話、政治家の暗殺が相次いだ話、特に国際協調だとか軍を統制しようとしていた政治家が多数暗殺された、こういう話もございました。
そして、今日への教訓としては、文民統制というのは当たり前のように今はありますけれども、運用が大事なんだという話が述べられました。国会議員、議会人たるものはポピュリズムに屈しないこと、縦割りを乗り越えて政府をチェックすること、ジャーナリズムも使命感を持て、歴史に学べ、こういう話がありました。
小泉大臣の所信では、我が国の安全保障環境は戦後最も厳しく複雑なものという言葉がございました。歴代大臣もそのように述べられていると思いますけれども。しかし、戦後、我々は戦争を体験したことはないわけですから、学ぶべきものは戦前しかないわけなんですね。
そういう意味で、私、猪瀬直樹さんの「昭和十六年夏の敗戦」、これも韓国行きの飛行機の中で読破をいたしました。
その中に登場するのは、昭和十六年、すなわち一九四一年ですね、開戦前の夏、総力戦研究所というものができて、そこには、三十代の若き、しがらみなき三十六人の官僚、民間人、軍人が集まって、結論的には、アメリカとの戦いには勝機はない、日米開戦は何としてでも避けねばならないんだという結論が出たにもかかわらず、実際には、鈴木貞一企画院総裁が時の内閣や御前会議への提言として、石油は南方を占領さえすれば、インドネシアの油田さえ押さえれば三年ぐらいはもつんだ、こういう話をすることで開戦に至ったということです。
これはしかし鈴木さんが悪いという話ではなくて、開戦やむなしという空気に包まれていた、こういう中でちょっと言ってみたぐらいの感覚しか鈴木総裁は持っておられないのではないかと猪瀬さんは論評されているわけですけれども。このように、開戦するかしないかということは空気の中で決める、そして、開戦までは考えるけれども、どうやって終わらせるかは曖昧だ、これが日本だ、アメリカというのは戦争が終わった後にどうその国を統治するかということまで考える、この日米の違いがあるんだということも鋭く指摘をされているということでございます。
長々申し上げましたけれども、私が思い起こしても、私が中学生ぐらいのときに学校の社会の先生が、君らは信じないかもしれないけれども、戦争を体験した先生たちがいなくなったら、あなたたちが大人になったら好戦的になって勇ましいことを言う人たちが必ず出てくる、こういう話もありました。政治家としては、今申し上げましたような、石破前総理や猪瀬さんの御著書なんかがむしろ大いに参考になるのではないかというふうに思いますが、小泉大臣と茂木大臣から、戦後生まれの政治家としてのこれからの取組についてお考えをお聞かせください。
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前原誠司(維新)
時間が迫っておりますので、簡潔にお願いします。
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小泉進次郎(自民)防衛大臣
簡潔にということでありますが、平和国家の歩みをゆるがせにしてはならない、この思いは全く変わりません。一方で、平和を守り続けていくためのコストというものは非常に高くなっている現実を直視しなければならないということも思っています。
この厳しい安全保障環境の中でも、今、自衛隊の隊員は二十四時間三百六十五日の体制の中で平和を守り続けるための任務に当たっています。そのことに一人でも多くの国民の皆さんに思いをはせて御理解いただけるように、平和を守るためにも防衛力の強化に御理解いただけるよう、大臣としての職責を果たしてまいりたいと思います。
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茂木敏充(自民)外務大臣
今年は戦後八十年を迎えるわけでありますが、我が国は、戦後一貫して平和国家としての歩みを進めて、世界の安定と繁栄に力を尽くしてきたわけであります。
戦没者の方々の貴い命と苦難の歴史の上に築かれた今日の平和の貴さを我々の世代は重徳先生も含めて改めて胸に刻んで、戦争の惨禍を二度と繰り返さない、こういう揺るぎない決意というのを貫いていくことが重要でありまして、その意味でも、外交の力といいますか、外交によってどう物事を解決していくか、懸案を解決していくかということは極めて重要だ、こんなふうに考えております。
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