一言で答えられたわけですけれども、核兵器の使用が非人道的な結末をもたらすとお認めになるとお答えになったわけです。
であるならば、当然、いかなる状況の下でも核兵器の使用というのは認められないはずなんです。いかなる状況の下でも核兵器の使用は許さない、このこと、日本政府の意思として表明してください。
2025年3月27日・第217回国会 参議院 予算委員会 第13号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 199 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 227 発言)
一言で答えられたわけですけれども、核兵器の使用が非人道的な結末をもたらすとお認めになるとお答えになったわけです。
であるならば、当然、いかなる状況の下でも核兵器の使用というのは認められないはずなんです。いかなる状況の下でも核兵器の使用は許さない、このこと、日本政府の意思として表明してください。
そういう方々の御期待に応えられなかったことは事実として私は認めなければいけないと思っています。
期待に応えられなかったということをお認めになったと。 いや、これ本当に大問題で、深刻な問題だと思っていて、被爆者の皆さん、締約国会議では本当に歓迎受けていたんですね。日本被団協のノーベル平和賞の受賞については、会議でスピーチする皆さんが口々に祝福のメッセージを送る。日本被団協の濱住治郎さん、会議冒頭のハイレベルセッションで発言したとき、それまで拍手一つ起きない厳粛な国連の会議場が、傍聴席も含めて大きな拍手に沸いたと、本当に私、この場にいて感動したわけですけれども。濱住さんは母親の胎内で被爆をした胎内被爆者です。スピーチの中では、胎内被爆者は生まれる前か…
その認識は私も共有するものでございます。
一言で答えられたわけですけれども、核兵器の使用が非人道的な結末をもたらすとお認めになるとお答えになったわけです。
であるならば、当然、いかなる状況の下でも核兵器の使用というのは認められないはずなんです。いかなる状況の下でも核兵器の使用は許さない、このこと、日本政府の意思として表明してください。
核兵器の非人道性を否定する人なんか私は見たことがない、そんな人がいるはずがない。それは、あの記録を見れば、私も小学校六年のとき、まだ白黒のテレビでしたがね、アメリカから公開された広島の核投下の後のフィルムを見て、本当に物すごい衝撃を受けたことはよく覚えています。そしてまた、平和記念館にも極力行くようにいたしております。あの非人道性を認めないなんという人を私は見たことがない。 しかしながら、それと同時に、そうであらばこそ、それを使おうということ、それをまた軍事的に有用であると判断をする、そういうような勢力がないと私は思わないし、実際その人たちは何を考えて…
明言されないわけですね。
非人道性、核兵器の非人道性を否定しない人はいないんだと、だから国民を守るんだとおっしゃると。
だとするならば、いかなる状況の下でも核兵器の使用は許さないと、日本政府としてちゃんと表明するべきではないか、はっきりとお答えください。
私どもは、核兵器の使用を許しますなぞと言ったことは一度もない。そんなことは許されるはずがない、私たちはそう思っています。
しかしながら、では、全ての核を持っている人、あるいはそれがテロリストであり、テロ集団であり、九・一一の教訓というのはそういうものだったと私は思います、その人たちも同じように考えているかといえば、それはそうではない。そうではない人たちが核を持ったときにどうやって国民を守るかということを考えるのが責任ある政府というものだと私は思います。