森まさこ (自由民主党)

2025年3月5日・第217回国会 参議院 予算委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 418 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 441 発言)

自由民主党の森まさこでございます。

まず、本日、私に質問の機会をいただきました各党各派の皆様に深く感謝を申し上げます。私自身、一層身を引き締めて、国民の皆様方の負託に応えるべく、政治活動に努めてまいることをお誓いさせていただき、質問に入らせていただこうと思います。

あと六日で三月十一日、東日本大震災の、十四年となります。あの日、国会審議中でした。この部屋でした。我が党の委員が総理に質問をしている最中、あの大きなシャンデリアが大きく揺れました。三原大臣と私は委員で議席に座っておりました。決算委員会、今日と同じ鶴保委員長でした。委員長から御指示が出て、私ども、部屋の外に出て、こんなに大きな地震が東京で起きた、それなのに震源地が福島県沖と聞いて本当に愕然といたしました。

もう高速道路は通れず、下道で、国道六号でまず県南に夜たどり着き、そして翌日、原発事故が起きました。各村役場寄りながら、なぜなら電話が全然つながらないからです、首長さんたちのお話聞きながら、県庁に行きましたが、もう大混乱でありました。

マスコミが原発事故があったということで一旦現地から引き揚げてきておりましたが、まだ県民残っているということで、私は、それと逆行して被災地、原発近くまで入りました。そのときの動画が、マスコミの皆さんがいなかったので、欲しいと言われて私が渡した動画が当時民放のテレビ局各局で流されました。森まさこ撮影と小さくキャプションが入りましたが、今でもその原動画はユーチューブで見ることができますが、本当に恐ろしい光景でした。

その動画にも撮れなかった光景がたくさんあります。おびただしい御遺体の数々が体育館に並べられ、そしてそれに取りすがる御遺族の皆様。そして、まだ子供が見付かっていないのに原発の地域からは半強制的に避難をさせられて、まだ子供が見付かっていないんだ、夫も見付かっていないんだ、一瞬だけ避難と言われたのに戻れないんですか、すぐ戻してください、そんな、もう怒号に似たような、悲鳴に似たような声を受けて私は回ってまいりました。国会議員なんて何の役にも立たないじゃないか、そう言われたその言葉が今でも耳から離れません。それからずっと災害をライフワークにしてきました。

そのとき、総理にお電話したんです。ホール・ボディー・カウンターがなくて、南相馬市になくて、国からなかなか届かなくて、でも、皆さんがとにかく体内被曝量測って安心したいということで、総理が、地元にあるよ、すぐ二台送ってくださいました。

通告しておりませんが、総理、当時の三・一一直後のときの思い、そして先日、中間処理施設に入っていただきましたときの感想をお述べいただきたいと思います。

前後のやりとり

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顔写真の出典(Wikimedia Commons、5件)