おはようございます。日本維新の会の金子道仁です。
本日は、限られた時間ですけれども、二つ、高校改革と給食の無償化について、時間のある限り御質問させていただきたいと思います。
まず、資料の一を御覧ください。
こちらは、文科省のホームページの学制百二十年史、高等学校教育の改革というページの一部分を抜粋させていただいて左側にまとめさせていただき、そして右側等は金子事務所の方で作成させていただいた過去の高等学校改革との比較という資料でございます。
この文科省のホームページ、高等学校教育の改革という資料ですけれども、高校生がこの戦後どのような推移をしてきたか、そして高校教育をどのように考えていくか、そのことを非常にコンパクトにまとめた資料です。
高校への進学率は、戦後一貫して上昇してきたと。昭和二十五年の進学率は四二・五%、つまり半分以下の方々が高校に進学していた。それから、三十年代から四十年代にかけて十年ごとに約二〇%ずつの著しい上昇をし、昭和四十九年には九〇%を超えた。そして、現在は九八%を超えたというような、そのような状況になっています。
つまり、戦後急速に高校への進学が増えていったという中で、昭和五十四年に、都道府県教育長協議会高校問題プロジェクトチームというのが立ち上がりました。これはなぜ立ち上がったかというと、この資料一の左側の背景のところに書かせていただきましたが、高校生が急増した、そして高校の新増設が各都道府県等の課題になっていたと。先ほど御質問ありましたけれども、高校の老朽化が今進んでいるというのは、まさにこの時代に高校が大量に建っていった、それが四十年たって、現在老朽化に直面しているということだと思いますけれども。
この昭和五十四年ですけれども、この高校新増設を急速にしていった、そして国民的教育機関となったと。今回、我々もその高校は準義務教育化したということを訴えさせていただいていますが、もう昭和五十四年の段階で、国民的教育機関という言い方で義務教育に準じるような機関に高校はなってきているんだという認識がここで示されているわけです。
〔委員長退席、理事本田顕子君着席〕
じゃ、そのような高校教育に関してこれからどのように高校教育をしていくのかということで、この教育長のプロジェクトチームが研究結果報告書を昭和五十四年に出しています。新しい高校像として、六つの高校の姿を表している。ここに黄色でハイライトしているのが三つ、そして後ろに三つ、全寮制高校、中高一貫六年制高校、地域に開かれた高校と、この六つの高校をこの昭和五十四年のプロジェクトチームは高校改革として示されたということが記録に残っているわけです。
この文科省のホームページ、このプロジェクトチームの研究結果に関して、様々な構想が提案された、これらは、その後、多くの都道府県において具現化され、また後の臨時教育審議会等の答申にも反映されていったと。つまり、この高校改革の提案はその後進んでいったというような評価がホームページには書いてあるんですが、実際私これを見させていただいたときに、いや、本当にこの昭和五十四年のときに出された改革というのは進んでいるのかというと、いや、進んでいないんじゃないかなというのが個人的な印象でございます。
まず、大臣に最初にお伺いします。
この昭和五十四年に出された高校改革に関する研究結果報告書に関してですけれども、これはその後実現しているというのが御評価でしょうか。文科大臣の見解をお聞かせください。
76
下野六太(公明)
もう社会全体で子供たちの読書推進をしていくということを、こども家庭庁も含めて文科省と一緒になってやっていきたいというふうに思っておりますので、私も個人的にはSNSでお薦めの児童文学等も紹介を、短い動画で紹介をしてきておりますので、どうか御覧いただければと思います。
続いて、斉明天皇、これは、大化の改新で生前譲位をした斉明天皇が再び天皇になりました。重祚ですね。この斉明天皇の子供、息子が中大兄皇子でした。当時の朝鮮半島が、一番南の方にあった百済が滅ぼされて、百済の王族たちが日本に、中大兄皇子に助けを求めてやってきました。その百済再興のために兵を集めて、百…
この発言のページ
77合合田哲雄文化庁次長
お答え申し上げます。
今御指摘がございました朝倉橘広庭宮の宮跡につきましては、昭和四十八年から五十年にかけて福岡県が発掘調査を行いましたが、結果として関連する遺構は確認できなかったと承知をいたしてございます。したがいまして、これまで宮跡の位置を特定するには至っていない状況かと存じます。
しかしながら、ただいまの下野先生の御指摘をしっかりと踏まえまして、福岡県を始めとする地元自治体において調査を行う意向があれば、文化庁としては、地元公共団体が行う遺構の発掘調査への支援を行ったところでございますので、福岡県等からの求めに応じて調査への支援をしっかり行って…
この発言のページ
78
下野六太(公明)
では、しっかりよろしくお願いします。
終わります。ありがとうございました。
この発言のページ
- (上の発言)
79金金子道仁(維新)
おはようございます。日本維新の会の金子道仁です。
本日は、限られた時間ですけれども、二つ、高校改革と給食の無償化について、時間のある限り御質問させていただきたいと思います。
まず、資料の一を御覧ください。
こちらは、文科省のホームページの学制百二十年史、高等学校教育の改革というページの一部分を抜粋させていただいて左側にまとめさせていただき、そして右側等は金子事務所の方で作成させていただいた過去の高等学校改革との比較という資料でございます。
この文科省のホームページ、高等学校教育の改革という資料ですけれども、高校生がこの戦後どのような推移をしてきたか、そして高校教育をどのように考えていくか、そのことを非常にコンパクトにまとめた資料です。
高校への進学率は、戦後一貫して上昇してきたと。昭和二十五年の進学率は四二・五%、つまり半分以下の方々が高校に進学していた。それから、三十年代から四十年代にかけて十年ごとに約二〇%ずつの著しい上昇をし、昭和四十九年には九〇%を超えた。そして、現在は九八%を超えたというような、そのような状況になっています。
つまり、戦後急速に高校への進学が増えていったという中で、昭和五十四年に、都道府県教育長協議会高校問題プロジェクトチームというのが立ち上がりました。これはなぜ立ち上がったかというと、この資料一の左側の背景のところに書かせていただきましたが、高校生が急増した、そして高校の新増設が各都道府県等の課題になっていたと。先ほど御質問ありましたけれども、高校の老朽化が今進んでいるというのは、まさにこの時代に高校が大量に建っていった、それが四十年たって、現在老朽化に直面しているということだと思いますけれども。
この昭和五十四年ですけれども、この高校新増設を急速にしていった、そして国民的教育機関となったと。今回、我々もその高校は準義務教育化したということを訴えさせていただいていますが、もう昭和五十四年の段階で、国民的教育機関という言い方で義務教育に準じるような機関に高校はなってきているんだという認識がここで示されているわけです。
〔委員長退席、理事本田顕子君着席〕
じゃ、そのような高校教育に関してこれからどのように高校教育をしていくのかということで、この教育長のプロジェクトチームが研究結果報告書を昭和五十四年に出しています。新しい高校像として、六つの高校の姿を表している。ここに黄色でハイライトしているのが三つ、そして後ろに三つ、全寮制高校、中高一貫六年制高校、地域に開かれた高校と、この六つの高校をこの昭和五十四年のプロジェクトチームは高校改革として示されたということが記録に残っているわけです。
この文科省のホームページ、このプロジェクトチームの研究結果に関して、様々な構想が提案された、これらは、その後、多くの都道府県において具現化され、また後の臨時教育審議会等の答申にも反映されていったと。つまり、この高校改革の提案はその後進んでいったというような評価がホームページには書いてあるんですが、実際私これを見させていただいたときに、いや、本当にこの昭和五十四年のときに出された改革というのは進んでいるのかというと、いや、進んでいないんじゃないかなというのが個人的な印象でございます。
まず、大臣に最初にお伺いします。
この昭和五十四年に出された高校改革に関する研究結果報告書に関してですけれども、これはその後実現しているというのが御評価でしょうか。文科大臣の見解をお聞かせください。
80
あべ俊子(自民)文部科学大臣
これらの提案について、例えば複数の自治体における集合型選択制高等学校の設置、また昭和六十年六月の臨時教育審議会第一次答申を踏まえました昭和六十三年度からの単位制高等学校を定時制、通信制の制度化、また平成三年の中央教育審議会の答申を踏まえました平成六年度からの総合学科制度の創設などにつながっておりまして、高等学校改革に一定の影響を与えたものというふうに私ども捉えさせていただいているところでございます。
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81金金子道仁(維新)
ありがとうございます。
私も、一定の影響を及ぼしたというのは、確かにそういう評価が適切なのかなというふうに考えていますが、これがホームページに書いてあるように、多くの都道府県において具現化されというのはちょっと言い過ぎなのではないか。具現化された事例もありますけれども、数としては点でしかない、そのような高校は百校あるかないか、もっと少ないかもしれない。高校の数は約五千ですから、百、たとえこういった高校があったとしても点でしかないということは改めてお伝えさせていただきたい。
そして、なぜ今回のこの提案、この昭和五十四年のところに振り返ったかというと、こ…
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82望望月禎文部科学省初等中等教育局長
お答えいたします。
単位制高等学校につきましては、学年による教育課程の区分を設けずに、決められた単位を修得すれば卒業が認められるという高等学校でございます。
先ほど大臣から申し上げましたけれども、六十三年度から、昭和六十三年度から定時制、通信制課程において導入され、平成五年度からは全日制課程においても設置が可能となってございます。この自分の学習計画に基づいて、自分の興味、関心等に応じた科目を選択し学習できること、そして、学年の区分がなく、自分のペースで学習に取り組むことができることなどの利点、観点から、令和六年五月一日現在、全日制高等学校については七…
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