川嶋四郎同志社大学法学部法律学科教授

2025年6月3日・第217回国会 参議院 内閣委員会 第19号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 17 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 109 発言)

恐らく学術という言葉は、文脈によって様々な意味を持つのではないかと私は思っております。今おっしゃっていただきましたように、日本学術会議における学術というのは、これはもう本当に科学者会議というふうに考えられますので、これは科学というふうに同定してもいいんじゃないかなというふうに思います。

ただ、他の分野、いろんなところで使われているのは、それぞれのところでやはり固有の意味があると。特に、学術といった場合には、よく学問と対比されると思います。学問の場合には、かなり抽象的、観念的な真理の探求、知の探求、そういうものが一つの大きな柱になっていると。それに対して学術というのは術でございますので、やはりかなり具体的な、応用的な、あるいは技術的な、そういうニュアンスを持った文脈で使うこともできるかと思います。

したがいまして、先ほどちょっとおっしゃっていただきましたように、私は人文・社会科学も学術の一部に属していると考えておりますけれども、学術といった場合に多くの方々が考えられるのは科学技術、それを略す、略称すると学術というふうにもなり得るわけで、そうすると、理系志向のような形の評価になるかも分かりません。しかしながら、英訳がどうかはともかくといたしまして、それぞれの文脈で考えたらいいというだけでございますので、私は、基本的に学術というのは、もう知の探求、真理の探求、別の言葉で言えば、政治に左右されない純粋な知の探求ということでまとめることができるのではないかと思っております。

ありがとうございます。

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