鬼木誠 (立憲民主党)

2025年5月20日・第217回国会 参議院 内閣委員会 第15号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 64 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 208 発言)

それでは、質問の順番、元に戻らさせていただきまして、一問目に入らさせていただきたいと思いますが、本会議で我が党の杉尾委員からも国民の責務ということについての質問をいたしました。第八条に定められているところでございます。

これ、やっぱり僕も同じように思っているんですね。AIがいかに時代を画する技術だとしても、例えば人類共通の普遍的な価値であるとか人類共通の理念であるとかということに対して、広く国民に対して学習をしなさい、理解をしなさい、関心を深めなさいということについてはよく分かる。ただ、AIという技術に対して、国民の皆さん、理解を深めなさい、関心を深めなさいというふうなことについては、そこまで責務として求める必要があるかというふうに思うんです。

もちろん、正しい理解の下、正しく適切に使用しなければ危険性を伴うということについては、この間いろんな方の御質問の中でも明らかになっている。ただ、責務と言われるとやっぱりちょっと違うんじゃないかなというふうに思うんです。私は、責務だ、深く理解をしなさい、関心を持ちなさいと言われると、私は大きなお世話だというふうに多分答えてしまう。ここをやっぱりしっかり国民の皆さんに説明せないかぬですね。条文上は努めるということになっています。必ずしも責務ということにはなっていない。

この国民の理解と協力をいただく必要があるとか、あるいは表題は責務となっているけれども条文の中ではそういう責務という言葉はないんだということが、衆議院の中では答弁をされていますけれども、じゃ、なぜ責務にしたのか、タイトルをということについてはまだ十分な説明になっていないような気がします。

努力規定でなぜいけないのか、国民の努力という表題でなぜいけないのか、責務とした理由について、もう一度大臣からお答えいただけませんでしょうか。

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