自由民主党の小川克巳でございます。
二年半のブランクを超えて、三年ぶりに質問に立たせていただきます。(発言する者あり)ありがとうございます。
本日は、これまでの当委員会の議論や、国と地方の行政の役割分担というテーマを踏まえて、災害時の対応、地域を支える行政相談委員等に焦点を当てて質問をさせていただきます。
まず、災害時対応ですが、二月二十六日に行われました本委員会の参考人質疑において、災害時における自治体間連携について参考人の方に質問させていただきました。参考人の方からは、自治体間連携については極めて重要な問題であり、常に工夫をしていかなければならないというふうな答弁をいただきました。
高齢化が進む中、震災発生後の避難所生活における生活不活発病や重なるストレス等に起因する災害関連死ということが大きな問題となっております。ちなみに、内閣府によれば、災害関連死とは、当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき災害が原因で死亡したものと認められたものというふうに定義をされています。
ちなみに、東日本大震災における災害関連死の死者数ですが、皆さん御承知のとおり、令和七年二月十四日に復興庁が発表したものでは一都六県で何と三千八百一人。熊本地震では二百七十八人、これは本年の四月十一日に発表された数値であります。直近の能登半島地震では新潟、富山を含めて三百四十二人、これも三月末日での発表となっております。被災直後には何とか最悪の状況を免れた方々も、その後の心身への様々な負担が原因となって健康を害し、お亡くなりになる方が後を絶たないというふうな現実がございます。
東日本大震災では、亡くなられた方々の八一・四%が災害関連死であったと報告されています。年齢別では、七十歳以上が約八二%を占め、圧倒的に高齢者に多いことが分かりますが、六十歳代でもおよそ一〇%、五十歳代以下を見ましても、まあ数は、割合は非常に小さくなりますが、十歳代を含めて全ての年齢で起こり得ることが示されています。
また、災害関連死が起こる時期を見てみると、一週間以内が一七・三%、一か月以内一六・五%、三か月以内が二六・〇%と、関連死の六割が三か月以内に集中しているということもデータとして出ております。その一方で、被災後三年以上を過ぎてなお災害関連死と認定されるケースもあることを考えると、実に息の長い事後のサポートが求められているということになります。
私は、出身、地元は熊本でありますが、熊本地震の際、二〇一六年の発災の四月十四日の朝まで熊本におりまして、それから宮崎の方に鹿児島を経由して移動しました。で、前震のあった九時過ぎ、二十一時過ぎですね、このときは、宮崎の居酒屋で少し打ち上げをして、さあ、ホテルに帰ろうかと言った矢先の前震でありました。かなり宮崎においても大きな地震であったというふうに思っております。
何とか、その日、その翌日の日程はクリアしたんですけれども、またその夜半、未明になりますが、十六日になりますが、本震が今度は襲いました。この本震のときには、私は余り、鈍感力が強いというのか、地震には余り驚かないんですけれども、このときの宮崎での本震のときには本当に、寝入っていたんですけれども、慌てて飛び起きたと、服まで着替えて靴まで履いちゃったというふうに、非常にこれはただ事ではないというふうに思いました。その翌日にはもう全ての交通が遮断されておりまして、熊本に戻るにも戻れないというような状況がありましたけれども、何とかそれでも鹿児島までたどり着いて、その仲間に車を出してもらって熊本の方に戻ることができたという体験をしました。
熊本に帰りまして、特に被害の激しかった西原、それから益城地区の方に翌日様子を見に行きました。この状況を拝見して、東日本大震災の被害の様相とは全く異なるということを、これは当然のことなんですけれども、それ以外に目に付いたことが一つありました。
益城、西原地区というのは、田園が広がる、本当に田畑が広がる農業中心のエリアなんですけれども、農道にずらりと車が並んでいるんですね。聞けば、前震の後、屋内に、家屋内に片付けに入った方々が、本震によって家屋倒壊が起き、それでお亡くなりになったとか、あるいはけがをされたという方が非常に多かったということで、住民の方々が屋内に入ることを嫌いました。広い体育館が避難所になっていたんですけれども、そこに入らずに自家用車の中で寝泊まりするというふうな状況が非常に目に付いたというのが特徴的であったなというふうに思います。
そういう様子を見たときに、私はリハビリテーション専門職である理学療法士でございます、この視点からやはり気になったのがエコノミークラス症候群、生活不活発病ということによる心身への影響というのも非常に気になったということがあります。このタイミングで、リハビリテーション専門職がこういった災害時に非常に大きな貢献ができるということを本当に肌身に感じた瞬間でもありました。
それを組織的に活動している団体が一般社団法人日本災害リハビリテーション支援協会、通称JRATというふうに言っておりますけれども、このJRATにつきましては昨年、こちらの宮崎委員、公明党のですね、宮崎委員の方からも災害対策委員会の方でかなり突っ込んだ質問がなされておりまして非常にうれしく思いましたが、このJRATにつきまして少し重ねてお伺いしたいなというふうに思っております。
JRATは、昨年、二〇二四年六月二十八日、防災基本計画に日本災害リハビリテーション支援協会がようやく明記をされました。このことによって活動が評価されたということは歓迎すべき大きな一歩だというふうに思っておりますが、実際はまだまだ自治体をまたいだ活動などに大きな支障があるということで、課題がまだ片付いていない部分がたくさんあるなというふうに思っております。
例えば、地域JRAT協定の促進などがそうですけれども、災害時に備え、JRATは平時から各地域において住民とともに災害に立ち向かう仕組みづくりに寄与しています。地域のJRATと広域での自治体間調整を行う都道府県とが協定を締結することにより、災害時に避難所における福祉的支援が強化され、災害関連死等を防ぐことが期待されています。
地域のJRATと協定を締結している現在の都道府県数、併せて協定締結を促進させるための政府の取組を内閣府にお願いいたします。
2
福島みずほ(立憲)
政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣府大臣官房審議官河合宏一さん外三十名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言のページ
3
福島みずほ(立憲)
御異議ないと認め、さよう決定いたします。
─────────────
この発言のページ
4
福島みずほ(立憲)
行政監視、行政評価及び行政に対する苦情に関する調査を議題とし、国と地方の行政の役割分担に関する件について質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言のページ
- (上の発言)
5
小川克巳(自民)
自由民主党の小川克巳でございます。
二年半のブランクを超えて、三年ぶりに質問に立たせていただきます。(発言する者あり)ありがとうございます。
本日は、これまでの当委員会の議論や、国と地方の行政の役割分担というテーマを踏まえて、災害時の対応、地域を支える行政相談委員等に焦点を当てて質問をさせていただきます。
まず、災害時対応ですが、二月二十六日に行われました本委員会の参考人質疑において、災害時における自治体間連携について参考人の方に質問させていただきました。参考人の方からは、自治体間連携については極めて重要な問題であり、常に工夫をしていかなければならないというふうな答弁をいただきました。
高齢化が進む中、震災発生後の避難所生活における生活不活発病や重なるストレス等に起因する災害関連死ということが大きな問題となっております。ちなみに、内閣府によれば、災害関連死とは、当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき災害が原因で死亡したものと認められたものというふうに定義をされています。
ちなみに、東日本大震災における災害関連死の死者数ですが、皆さん御承知のとおり、令和七年二月十四日に復興庁が発表したものでは一都六県で何と三千八百一人。熊本地震では二百七十八人、これは本年の四月十一日に発表された数値であります。直近の能登半島地震では新潟、富山を含めて三百四十二人、これも三月末日での発表となっております。被災直後には何とか最悪の状況を免れた方々も、その後の心身への様々な負担が原因となって健康を害し、お亡くなりになる方が後を絶たないというふうな現実がございます。
東日本大震災では、亡くなられた方々の八一・四%が災害関連死であったと報告されています。年齢別では、七十歳以上が約八二%を占め、圧倒的に高齢者に多いことが分かりますが、六十歳代でもおよそ一〇%、五十歳代以下を見ましても、まあ数は、割合は非常に小さくなりますが、十歳代を含めて全ての年齢で起こり得ることが示されています。
また、災害関連死が起こる時期を見てみると、一週間以内が一七・三%、一か月以内一六・五%、三か月以内が二六・〇%と、関連死の六割が三か月以内に集中しているということもデータとして出ております。その一方で、被災後三年以上を過ぎてなお災害関連死と認定されるケースもあることを考えると、実に息の長い事後のサポートが求められているということになります。
私は、出身、地元は熊本でありますが、熊本地震の際、二〇一六年の発災の四月十四日の朝まで熊本におりまして、それから宮崎の方に鹿児島を経由して移動しました。で、前震のあった九時過ぎ、二十一時過ぎですね、このときは、宮崎の居酒屋で少し打ち上げをして、さあ、ホテルに帰ろうかと言った矢先の前震でありました。かなり宮崎においても大きな地震であったというふうに思っております。
何とか、その日、その翌日の日程はクリアしたんですけれども、またその夜半、未明になりますが、十六日になりますが、本震が今度は襲いました。この本震のときには、私は余り、鈍感力が強いというのか、地震には余り驚かないんですけれども、このときの宮崎での本震のときには本当に、寝入っていたんですけれども、慌てて飛び起きたと、服まで着替えて靴まで履いちゃったというふうに、非常にこれはただ事ではないというふうに思いました。その翌日にはもう全ての交通が遮断されておりまして、熊本に戻るにも戻れないというような状況がありましたけれども、何とかそれでも鹿児島までたどり着いて、その仲間に車を出してもらって熊本の方に戻ることができたという体験をしました。
熊本に帰りまして、特に被害の激しかった西原、それから益城地区の方に翌日様子を見に行きました。この状況を拝見して、東日本大震災の被害の様相とは全く異なるということを、これは当然のことなんですけれども、それ以外に目に付いたことが一つありました。
益城、西原地区というのは、田園が広がる、本当に田畑が広がる農業中心のエリアなんですけれども、農道にずらりと車が並んでいるんですね。聞けば、前震の後、屋内に、家屋内に片付けに入った方々が、本震によって家屋倒壊が起き、それでお亡くなりになったとか、あるいはけがをされたという方が非常に多かったということで、住民の方々が屋内に入ることを嫌いました。広い体育館が避難所になっていたんですけれども、そこに入らずに自家用車の中で寝泊まりするというふうな状況が非常に目に付いたというのが特徴的であったなというふうに思います。
そういう様子を見たときに、私はリハビリテーション専門職である理学療法士でございます、この視点からやはり気になったのがエコノミークラス症候群、生活不活発病ということによる心身への影響というのも非常に気になったということがあります。このタイミングで、リハビリテーション専門職がこういった災害時に非常に大きな貢献ができるということを本当に肌身に感じた瞬間でもありました。
それを組織的に活動している団体が一般社団法人日本災害リハビリテーション支援協会、通称JRATというふうに言っておりますけれども、このJRATにつきましては昨年、こちらの宮崎委員、公明党のですね、宮崎委員の方からも災害対策委員会の方でかなり突っ込んだ質問がなされておりまして非常にうれしく思いましたが、このJRATにつきまして少し重ねてお伺いしたいなというふうに思っております。
JRATは、昨年、二〇二四年六月二十八日、防災基本計画に日本災害リハビリテーション支援協会がようやく明記をされました。このことによって活動が評価されたということは歓迎すべき大きな一歩だというふうに思っておりますが、実際はまだまだ自治体をまたいだ活動などに大きな支障があるということで、課題がまだ片付いていない部分がたくさんあるなというふうに思っております。
例えば、地域JRAT協定の促進などがそうですけれども、災害時に備え、JRATは平時から各地域において住民とともに災害に立ち向かう仕組みづくりに寄与しています。地域のJRATと広域での自治体間調整を行う都道府県とが協定を締結することにより、災害時に避難所における福祉的支援が強化され、災害関連死等を防ぐことが期待されています。
地域のJRATと協定を締結している現在の都道府県数、併せて協定締結を促進させるための政府の取組を内閣府にお願いいたします。
6河河合宏一内閣府大臣官房審議官
お答えします。
各都道府県の、地域JRATとの間で災害時におけるリハビリテーション支援活動に関する協定を締結している都道府県は二十七の府県と承知しておりまして、協定締結は一定程度進んでいるものと認識しております。内閣府としては、リハビリテーション関係の専門職の方々による災害時の支援活動が円滑に行われることは重要だと考えておりまして、災害救助法の対象として支援しております。
加えて、委員御指摘がありましたとおり、昨年六月には防災基本計画を改定しまして、都道府県が被災地において医療提供体制の確保、継続を図る協力団体としてJRATを位置付けたところでありま…
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小川克巳(自民)
ありがとうございます。
二十七の都道府県で締結が済んでいるということですけれども、あと残り二十あるということになります。この数字について政府としてどういうふうに受け止めをなさっているかについてお伺いしたいと思いますが、いかがでしょう。
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8河河合宏一内閣府大臣官房審議官
全国四十七都道府県のうちの二十七ということで、六割ぐらいに来ておるところでございます。これが、一番最初が、愛媛県が二〇一六年、そこから毎年一つ二つぐらいしか締結が進まずに能登半島地震を迎えたと。能登半島地震の時点では十一、四十七分の十一であったところが、実際、能登半島地震が起こって、石川県はまだ石川のJRATさんと協定がなかったということで非常に連携をする上で差し障りがあったということから、急遽、石川県も発災して直後の一月八日に締結をされたと。そういったこともありまして、二〇二四年に九、それから二〇二五年に七と、この二年間で、まあ一年半ですね、この一年半…
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