山口和之 (日本維新の会)

2025年5月20日・第217回国会 参議院 厚生労働委員会 第13号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 65 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 149 発言)

日本維新の会の山口和之です。

介護のボタンの掛け違い。今の現状、何か日本は大変な状況になっていますけれども、自分としては、やっぱり三大介護、入浴、排せつ、食事、これを中心としてお世話の介護ということが、そこからスタートしていることだったのかなと思います。

その上、その三大介護に合わせて最低基準というのを設けて、めちゃくちゃ忙しい中で介護が行われてきていたと。介護のスタンダードというものを日本版でちゃんとつくってこなかったことが大きな問題だったんじゃないでしょうか。

例えば、介護福祉士の学校には若者がたくさん集まって、それで、夢を見て、介護というのはすばらしいんだといって学校を出てきたけれども、現実的には何か忙しい場所で大変なことをずっと続けているという、何かボタンの掛け違いがずっと続いているような気がします。

そういった意味で、介護のスタンダードというのは極めて重要だと思っていますし、例えば、予算委員会の中で自分話させていただきましたけれども、デイサービス事業所が日常生活の動作の改善率を九〇%以上改善しているところがあったり、あるいは、以前にも厚生労働委員会で話させていただいたことがあるんですけれども、特別養護老人ホームの約四割から五割の方が、新しく入ってきた方が要介護度が改善していったり、あるいは、デイサービスで、かなり充実させたデイサービスを提供しているところが、要介護度の改善率が、要介護五に対して四割から五割の改善率、重度の方が改善率が高いんですけれども、そういったところが見受けられると。

そういったものが日本中で普及しなければいけなくて、この前の予算委員会でも話させていただいたのは、要介護度というのは悪化させることを遅らせることもできるし、改善させることもできると。それは、廃用という、使わないことに対するアプローチというのが行われていないということだと思っています。

介護予防は一生懸命やられているのかもしれませんけれども、要介護状態になったらサービス提供者のところでどのようなサービスを提供するかによってその方の人生変わってくるし、五年遅らせることで日本は世界に誇れる日本の介護というのができると自分は信じています。

その質問したいとは思うんですけれども、その前に、言うチャンスがないので、資料の一を見ていただきたいんですが、これを質問させていただきます。

個人的に思っているので、これ何ともあれなんですが、身体障害者福祉法、それから精神保健、精神障害者福祉に関する法律、それから知的障害者福祉法、ここにも出てくるんですけれども、自分は理学療法士としてずっと働いていて、日本理学療法士協会で以前の会長は、訓練という言葉を使うのやめませんかという話をしました。それは、やっぱり訓練のイメージというのは、例えば軍隊の中での訓練、それから動物、何というんですかね、警察犬の訓練とか、そういうイメージがある中で、この古い法律の中に出てくるんですけれども、例えば身体障害者のところでは、身体障害者が日常生活又は社会生活を営むために必要な訓練、それから、精神保健の方では、社会経済活動への参加の促進のために必要な訓練、また精神障害者の社会復帰を促進するための訓練。

この訓練という言葉がどうも、自分、理学療法士を何十年間やっていて、その中で、非常に余りいい言葉に、印象にないところがあって、どこか上から目線で、その人をサポートしているという感じではなくて、その人を訓練してやっていると、障害児、子供たちに対して訓練していますと。

これ、いわゆる障害のない方々には余り使わない言葉なんですね。まあ消防訓練とかそういうのは使うかも、職業訓練とか使うかもしれませんけれども、訓練という言葉のイメージというのは実はよろしくないって自分は思っているんですけれども、こういう話を官僚の皆さんに話をしても、法律が余りにも多過ぎるせいなのか、どうしてもこのことには特に違和感がないと。確かに、訓練という言葉は、違和感がなくて、日本中広まっている言葉ですから何ともあれなんですけれども、自分としては何か違うんじゃないかなと思うので、大臣にちょっと伺いたいなと思います。

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