おはようございます。自由民主党の小寺裕雄でございます。
本日は、質問の機会をいただき、委員長始め理事の先生方には感謝を申し上げるところでございます。
今年は、昭和百年でありますとか戦後八十年、あるいは、私の地域でいいますと市町村合併二十周年とか、いろいろ御挨拶をさせていただくときに枕言葉のように言うこうしたフレーズがあるわけですが、近畿地方に暮らしている我々にとっては、忘れてはならないのが阪神・淡路大震災三十周年ということであります。
一九九五年の一月十七日、発災した日のことはとてもよく覚えています。滋賀県はたしか震度五弱だったと記憶をしておりますが、当時は、親子が四人で川の字になって寝ておりましたので、揺れと同時に飛び起きて、たんすが倒れてこないように一生懸命押さえていたことを覚えています。午前七時のNHKのニュースの段階ではまだ被害の状況はそれほど報道されておりませんでしたが、お昼のニュースのときには神戸の町からは幾つもの白い煙が立ち上っておりまして、大きな被害が出ていることにただただ驚くばかりでありました。
それまで余り大きな地震災害に直面してこなかった私たちにとっては、阪神・淡路の震災をきっかけに、地震対策や、災害への支援であったり、そして民間ボランティアの仕組みなどが整備されてきたわけであります。思い出しますと、時の政権は自社さで、村山政権でありました。
それから、十四年前の東日本大震災が続きました。発災したとき、実は私はちょうど行きつけの散髪屋におりまして、テレビでは「ミヤネ屋」が流れておったのですが、巨大地震が三連動で起きて津波が押し寄せる様子を、生放送で、茫然としながら、えらいことになったと衝撃を受けたことを昨日のことのように覚えております。
阪神・淡路のときには西宮へ、東日本のときには気仙沼へボランティアで参加をさせていただきましたが、被災地の様子を肌で感じて、事前防災であったり復興支援の重要性というのを感じたところであります。
そして、今まさに話題になっている南海トラフ巨大地震であります。南海トラフ地震というのは、駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源とするものでありまして、過去に何度も大きな被害をもたらしてきた大規模地震であります。過去の事例を見てみますと、これまで百年から百五十年という周期で大規模な地震が発生しており、マグニチュード八クラスの地震が今後三十年以内に発生する確率が何と八〇%あるというふうに言われています。
そこで、政府では、平成二十六年に南海トラフ地震防災対策推進基本計画を策定して、関東から九州にわたる広い範囲で強い揺れが発生し巨大な津波が到達するという前提の下に、死者数や建物の全壊棟数などを公表し、国民に対して巨大地震が発災したときの危険性を啓発するとともに、防災意識の向上などに努めてこられたものというふうに承知をしております。
この度、前回の策定から十年というタイミングに合わせて令和五年から進めてこられた基本計画の見直し作業の中で、三月三十一日に公表された南海トラフ地震の被害想定における死者数が前回との比較で減少したという結果が出ておりますが、この要因についてはどのような分析があるのでしょうか、お尋ねしたいと思います。
3
金子恭之(自民)
東日本大震災からの復興・防災・災害に関する総合的な対策に関する件について調査を進めます。
この際、お諮りいたします。
本件調査のため、本日、政府参考人として、お手元に配付のとおり、内閣官房国土強靱化推進室次長丹羽克彦君外十名の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言のページ
4
金子恭之(自民)
御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
―――――――――――――
この発言のページ
5
金子恭之(自民)
質疑の申出がありますので、順次これを許します。小寺裕雄君。
この発言のページ
- (上の発言)
6
小寺裕雄(自民)
おはようございます。自由民主党の小寺裕雄でございます。
本日は、質問の機会をいただき、委員長始め理事の先生方には感謝を申し上げるところでございます。
今年は、昭和百年でありますとか戦後八十年、あるいは、私の地域でいいますと市町村合併二十周年とか、いろいろ御挨拶をさせていただくときに枕言葉のように言うこうしたフレーズがあるわけですが、近畿地方に暮らしている我々にとっては、忘れてはならないのが阪神・淡路大震災三十周年ということであります。
一九九五年の一月十七日、発災した日のことはとてもよく覚えています。滋賀県はたしか震度五弱だったと記憶をしておりますが、当時は、親子が四人で川の字になって寝ておりましたので、揺れと同時に飛び起きて、たんすが倒れてこないように一生懸命押さえていたことを覚えています。午前七時のNHKのニュースの段階ではまだ被害の状況はそれほど報道されておりませんでしたが、お昼のニュースのときには神戸の町からは幾つもの白い煙が立ち上っておりまして、大きな被害が出ていることにただただ驚くばかりでありました。
それまで余り大きな地震災害に直面してこなかった私たちにとっては、阪神・淡路の震災をきっかけに、地震対策や、災害への支援であったり、そして民間ボランティアの仕組みなどが整備されてきたわけであります。思い出しますと、時の政権は自社さで、村山政権でありました。
それから、十四年前の東日本大震災が続きました。発災したとき、実は私はちょうど行きつけの散髪屋におりまして、テレビでは「ミヤネ屋」が流れておったのですが、巨大地震が三連動で起きて津波が押し寄せる様子を、生放送で、茫然としながら、えらいことになったと衝撃を受けたことを昨日のことのように覚えております。
阪神・淡路のときには西宮へ、東日本のときには気仙沼へボランティアで参加をさせていただきましたが、被災地の様子を肌で感じて、事前防災であったり復興支援の重要性というのを感じたところであります。
そして、今まさに話題になっている南海トラフ巨大地震であります。南海トラフ地震というのは、駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源とするものでありまして、過去に何度も大きな被害をもたらしてきた大規模地震であります。過去の事例を見てみますと、これまで百年から百五十年という周期で大規模な地震が発生しており、マグニチュード八クラスの地震が今後三十年以内に発生する確率が何と八〇%あるというふうに言われています。
そこで、政府では、平成二十六年に南海トラフ地震防災対策推進基本計画を策定して、関東から九州にわたる広い範囲で強い揺れが発生し巨大な津波が到達するという前提の下に、死者数や建物の全壊棟数などを公表し、国民に対して巨大地震が発災したときの危険性を啓発するとともに、防災意識の向上などに努めてこられたものというふうに承知をしております。
この度、前回の策定から十年というタイミングに合わせて令和五年から進めてこられた基本計画の見直し作業の中で、三月三十一日に公表された南海トラフ地震の被害想定における死者数が前回との比較で減少したという結果が出ておりますが、この要因についてはどのような分析があるのでしょうか、お尋ねしたいと思います。
7高高橋謙司内閣官房防災庁設置準備室次長/内閣府政策統括官
お答えをいたします。
三月三十一日に公表した南海トラフ巨大地震の被害想定では、津波、建物倒壊、地震火災により、最大で約二十九・八万人の死者数が想定されているところでございます。
一方で、御指摘いただきました、前回、平成二十六年の基本計画では、最大約三十三・二万人の死者数が想定されておりまして、住民の早期避難意識を同じとした場合に、今回の想定では約一割減少するという結果となってございます。
これは、地形データの高精度化等によりまして津波の浸水面積が増加する一方で、各地域におけるこの約十年間の取組によりまして、住宅の耐震化率の向上、津波から身を守るため…
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8
小寺裕雄(自民)
ありがとうございました。
建物の耐震化率が向上したり、あるいは津波から避難するタワーの建設が促進されて、一割程度死者数が減少したということでありますけれども、一割減少したから確かに前進したとは言えますけれども、それでも、これだけやってまだ一割ぐらいしか減少しないのかというふうに感じるところも多々あります。後ほど質問させていただきますけれども、やはり備えをしっかりしていかなければならないということを改めて感じさせていただきました。
さて、これまでの南海トラフ地震に関する歴史などを調べてみたところ、いろいろなことが分かってまいりました。南海トラフでは、昔…
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9高高橋謙司内閣官房防災庁設置準備室次長/内閣府政策統括官
お答えをいたします。
南海トラフ沿いでは、一八五四年に安政東海地震が発生し、その三十二時間後に安政南海地震が発生するなど、時間差を置いて連続的に大規模地震が発生した事例も確認されておりますことから、今回、時間差を置いて発生する地震も対象に、繰り返し発生することで被害が増加する可能性があること、また、後発地震までの時間を活用することで新たな被害を軽減できる可能性もあること、こうしたことを示すことで、防災・減災対策を促すことを目的とした被害想定をしておるところでございます。
被害想定の算定結果としては、揺れによる全壊棟数につきましては、先発地震による損傷…
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