まず申し上げます。
神武天皇の実在に関しましてですけれども、神武天皇とは、初代天皇につけた名称です。したがって、何世紀の人物かに関しましては、かなり議論のばらつきがあります。現在、天皇陛下がいらっしゃる以上、誰かが初代だったわけです。当初は、大王、大君などと言われた時代がありますけれども。
ですから、いる、いないに関して言えば、私は二千六百年とは思っていません。私の著書には何度も書いていますけれども、神武天皇は、恐らく紀元前後、つまり、二千年ぐらい前の人ではないかと書いています。
そして、この委員会の資料にも、法務省のまとめで、徳川時代には、一般に農民、町民には名字、氏の使用は許されなかったと書いてあるんですけれども、これは半分正しいですが、半分間違っています。つまり、公式に使うことは許さなかったんですけれども、江戸時代では、一般的に町人、農民がかなり広く氏を使用していたことが分かっています。それは、お寺の過去帳、お墓の墓誌、それから神社の奉納帳などから明らかでございます。そして、江戸時代を通じて、庶民も普通に氏を使っていました。その流れ、明治時代に、全くなかった家族法をいきなりぼんと作ったわけではなくて、日本人の家族観にのっとったものを作ったわけであります。
そして、何回か改正されているということですけれども、一言一句変えてはいけないなどと言うつもりはありません。物によっては変えてよいと思いますし、慎重な議論の下で変えていくのは賛成です。
ただし、修正は小幅修正であるべきだと思います。なぜならば、家族法をもし間違った方向に改正してしまいますと、どのような悪影響が起きるか想像しかねるからです。
そして、ちょっと話は戻りますけれども、平安時代には既に庶民が氏を広く使っていたということが分かっています。その後、鎌倉時代に入りましてから衰退するんですけれども、室町の後半からまた氏を使うようになりました。そして、戦国時代も広く使われるようになったということで、それは、権力者が氏の使用を禁止するという場面が起きると公的には使えなくなるというものですけれども、元々、日本人の家族観が二千年にわたってころころ変わってきたということを示すものではないと考えています。
41
米山隆一(立憲)
大変ありがとうございます。
次に、布柴参考人にお伺いいたします。
ちょっとおっしゃられたことそのままになってしまうので、かぶってしまうのかもしれないんですけれども、布柴参考人は、ハーバード大学の精神科の研修病院となっているケンブリッジ大学のカップル・ファミリーセンターで家族療法のトレーニングを受けられたほか、今ほどお話があったように、様々な日本での臨床といいますか、日本での御経験も積まれたというふうにお伺いしております。
先ほどお話がございましたけれども、もちろん、アメリカでは当然、日本でも、国際結婚、離婚後、事実婚などで夫婦、親子別姓がある御家庭…
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42布布柴靖枝文教大学人間科学部教授
全くございません。
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43
米山隆一(立憲)
これもそうだと思うんですよ、そういうお話でしたしね。
その上で、今度は竹田参考人にお伺いしたいんです。
民法をそんなに変えるものじゃないとおっしゃられてはおられるんですけれども、現行民法の元と言っていいのかどうかちょっと分かりませんが、まず、最初の民法は明治三十一年、一八九八年に作られ、そして昭和二十二年に、これは敗戦によって大きく書き換えられ、平成十六年には、これは文章を口語体にしたみたいなところですから、平成十六年はそれほどではないのかもしれませんけれども、平成二十九年にもまた、債権法等々についての改正があり、さらに、まだこれは施行されていません…
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- (上の発言)
44竹竹田恒泰作家
まず申し上げます。
神武天皇の実在に関しましてですけれども、神武天皇とは、初代天皇につけた名称です。したがって、何世紀の人物かに関しましては、かなり議論のばらつきがあります。現在、天皇陛下がいらっしゃる以上、誰かが初代だったわけです。当初は、大王、大君などと言われた時代がありますけれども。
ですから、いる、いないに関して言えば、私は二千六百年とは思っていません。私の著書には何度も書いていますけれども、神武天皇は、恐らく紀元前後、つまり、二千年ぐらい前の人ではないかと書いています。
そして、この委員会の資料にも、法務省のまとめで、徳川時代には、一般に農民、町民には名字、氏の使用は許されなかったと書いてあるんですけれども、これは半分正しいですが、半分間違っています。つまり、公式に使うことは許さなかったんですけれども、江戸時代では、一般的に町人、農民がかなり広く氏を使用していたことが分かっています。それは、お寺の過去帳、お墓の墓誌、それから神社の奉納帳などから明らかでございます。そして、江戸時代を通じて、庶民も普通に氏を使っていました。その流れ、明治時代に、全くなかった家族法をいきなりぼんと作ったわけではなくて、日本人の家族観にのっとったものを作ったわけであります。
そして、何回か改正されているということですけれども、一言一句変えてはいけないなどと言うつもりはありません。物によっては変えてよいと思いますし、慎重な議論の下で変えていくのは賛成です。
ただし、修正は小幅修正であるべきだと思います。なぜならば、家族法をもし間違った方向に改正してしまいますと、どのような悪影響が起きるか想像しかねるからです。
そして、ちょっと話は戻りますけれども、平安時代には既に庶民が氏を広く使っていたということが分かっています。その後、鎌倉時代に入りましてから衰退するんですけれども、室町の後半からまた氏を使うようになりました。そして、戦国時代も広く使われるようになったということで、それは、権力者が氏の使用を禁止するという場面が起きると公的には使えなくなるというものですけれども、元々、日本人の家族観が二千年にわたってころころ変わってきたということを示すものではないと考えています。
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米山隆一(立憲)
要は、質問にお答えいただけなかったというふうに私は理解しております。
それでは、椎谷参考人にお伺いいたします。
二択か三択かという問題は非常にあるんだと思うんですけれども、ただ、私は、選択的夫婦別姓の賛否を問うのであれば、それは賛成か反対かの二択というのが通常だと思うんですね。
選択的夫婦別姓、旧姓の使用拡大、現状維持の三択というのは、それは今まさに我々がこの法務委員会で議論をしているところなんですけれども、選択的夫婦別姓の立憲案、旧姓の使用拡大の維新案、そして恐らくは現状維持の自民党ということで、それは、結局、全く別々の案なわけですよね。
その…
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46椎椎谷哲夫元東京新聞編集委員/皇學館大学特別招聘教授
質問が分かったような分からないような、済みません、頭が悪いのかもしれないけれども、ちょっと分かりにくいんですが。
取りあえず、賛成か反対かを、別に私は否定しているわけじゃないんです。どっちも正しいでしょう、質問としては。ただ、賛成ですか反対ですかというのは、当事者としてのスタンスが入らないというか、非常に離れた目で見ている感じがするんですね。
そういう意味では、三択で突きつけられるというか、出されると、自分はこうなんだという、より自分が当事者になった意識で答えることができるというのはあるんですね。そういう感じだと思うんです。
ただ、私が一番懸念して…
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西村智奈美(立憲)
米山さん、終わってください。
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