竹田恒泰作家

2025年6月10日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第21号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 44 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

まず申し上げます。

神武天皇の実在に関しましてですけれども、神武天皇とは、初代天皇につけた名称です。したがって、何世紀の人物かに関しましては、かなり議論のばらつきがあります。現在、天皇陛下がいらっしゃる以上、誰かが初代だったわけです。当初は、大王、大君などと言われた時代がありますけれども。

ですから、いる、いないに関して言えば、私は二千六百年とは思っていません。私の著書には何度も書いていますけれども、神武天皇は、恐らく紀元前後、つまり、二千年ぐらい前の人ではないかと書いています。

そして、この委員会の資料にも、法務省のまとめで、徳川時代には、一般に農民、町民には名字、氏の使用は許されなかったと書いてあるんですけれども、これは半分正しいですが、半分間違っています。つまり、公式に使うことは許さなかったんですけれども、江戸時代では、一般的に町人、農民がかなり広く氏を使用していたことが分かっています。それは、お寺の過去帳、お墓の墓誌、それから神社の奉納帳などから明らかでございます。そして、江戸時代を通じて、庶民も普通に氏を使っていました。その流れ、明治時代に、全くなかった家族法をいきなりぼんと作ったわけではなくて、日本人の家族観にのっとったものを作ったわけであります。

そして、何回か改正されているということですけれども、一言一句変えてはいけないなどと言うつもりはありません。物によっては変えてよいと思いますし、慎重な議論の下で変えていくのは賛成です。

ただし、修正は小幅修正であるべきだと思います。なぜならば、家族法をもし間違った方向に改正してしまいますと、どのような悪影響が起きるか想像しかねるからです。

そして、ちょっと話は戻りますけれども、平安時代には既に庶民が氏を広く使っていたということが分かっています。その後、鎌倉時代に入りましてから衰退するんですけれども、室町の後半からまた氏を使うようになりました。そして、戦国時代も広く使われるようになったということで、それは、権力者が氏の使用を禁止するという場面が起きると公的には使えなくなるというものですけれども、元々、日本人の家族観が二千年にわたってころころ変わってきたということを示すものではないと考えています。

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