望月禎文部科学省初等中等教育局長

2025年4月16日・第217回国会 衆議院 文部科学委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 106 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 362 発言)

戦前戦後からこれまでの給与の仕組みの経緯についてのお尋ねでございます。少しお時間を頂戴したいと思っております。

まず、戦後最初に設けられました給与制度として、昭和二十一年に官吏俸給令が制定をされました。これは、古い身分制度による給与制度を廃し、学歴と勤務年数とによる給与制度へと改めるものでございまして、その中で、教員については、学歴に応じた標準号俸よりも高い号俸が認められていたところでございます。

昭和二十三年には政府職員の新給与実施に関する法律が制定、施行されまして、職務の級と号俸によるいわゆる職務給制度が確立されました。この中で、教員につきましては、一般の行政職員と比べ約一割高い俸給が設定される一方で、超過勤務手当は支給しないこととされまして、その旨、当時の文部省による通達で指導されることとなったところでございます。

このように、教員には原則として超過勤務を命じないという方針にもかかわらず、法的には、公立学校の教員については労働基準法の適用があるため、その取扱いが必ずしも明確でなく、その結果、教員の超過勤務の事実をめぐる訴訟が全国各地で提起されるなどの混乱が生じたところでございます。

こうした状況を背景としまして、昭和三十九年には、人事院より、教員の処遇の在り方について慎重に検討する必要がある旨の指摘がなされまして、昭和四十年の文部大臣と人事院総裁との会談におきましてその必要性が確認された上で、昭和四十一年に教師の勤務状況に関する調査が実施をされました。

その結果等も総合的に考慮をしまして、昭和四十六年二月に、人事院より、義務教育諸学校等の給与等について、その職務と勤務の態様の特殊性に基づき、新たに教職調整額を支給する制度を設け、超過勤務手当制度は適用しないこととする等の必要がある旨の意見の申出が行われまして、その趣旨を実施するための立法措置として、同年五月に給特法が制定をされたところでございます。

このような経緯を経て成立した給特法におきましては、まさに教師の職務はその自発性、創造性による部分が大変大きく、どこまでが職務であるのか切り分けることが難しいという特殊性を有しておりまして、このため、時間外勤務手当を支給するのではなく、勤務時間の内外を問わず包括的に評価をして、教職調整額を支給する仕組みが講じられているという歴史があるものと存じております。

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