上村英明 (れいわ新選組)

2025年4月25日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第17号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 264 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 336 発言)

法学者の方がいないと、何か基本的な論理がまかり通らないというのが今よく分かったなという感じなんですけれども。

時間がないので最後の点をお伺いしたいと思います。

今回、日本学術会議は、多様な財源という、選択肢を広げるべきだということをある種書かれています。この議論を見たときに、例えば安定的な政府財源ということがどうして日本で起こるのかというと、これは、日本ではこうした分野にきちんとしたお金がなかなか集まらないからです。

アメリカの場合は確かにいろいろな財源があるというふうに言われますけれども、これは、アメリカの場合は財団法人がしっかりしていて、しかも、企業の財団であっても中立性が担保されている場合がしっかりあります。それに対して日本では、政府がきちんとこうした面倒を見なければ安定的に話をすることができないということがございます。

先ほど、こうした例は少ないんだとおっしゃったんですけれども、これは私の質疑で今まで述べたと思いますけれども、人権の分野は国内人権機関というものをつくるように運動がずっと続いていたんですけれども、国内人権機関というのは、政府の機関でありながら、なぜ大事かというと、これは学術会議が言っている、こうした公的な地位というものが学術会議には必要だからです。この公的な地位を担保しながら安定的に意見を中立、独立で言っていくためには、そういう、政府の機関でありながら政府に物を言えるという組織が必要であります。

これを、今のような多様な財源という話になると、私が思い出すのは、私は大学にいたものですから、どんどんどんどん大学は、外部資金の導入、もっと別の言葉で言うと競争的資金というふうに言われました。その挙げ句は何かというと、二〇二二年に、先ほどの理科系ですよね、理科系の、科学技術立国を考え国際卓越研究大学法というのができ上がりまして、今何と言われているか、皆さん御存じだと思いますが、大学は稼げる大学にならないといけない。何というかな、申し訳ないけれども、大学にいた研究者としては、本当にふざけるなという感じですよね。

そういうふうなことが、競争的資金とか外部資金という中で高等教育がやはり解体されているということに対しては、日本学術会議がしっかりした国家の財政基盤の上に成り立つというのはとても大事だというふうに思っています。

光石会長、この点に対して、もう一度御感想をいただければ。

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