八幡愛 (れいわ新選組)

2025年3月26日・第217回国会 衆議院 厚生労働委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 105 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

大臣から自分の言葉で答弁いただいたことと、そして、大臣も政治家としての立場で、戦争、そして特に戦没者、遺族の皆様と向き合ってきたということは伝わってまいりました。

私の祖父は耳に障害があったんですけれども、それでも徴兵されていて、もしかしたら自分で志願したのかもしれないんですけれども、そのことに祖父はすごい誇りを持って、ずっと話してきていて、祖父が語る言葉というのはどこか勇ましさというのがあって、子供ながらに、こんなふだん穏やかなおじいちゃんが戦争の話になると変わるんだなというのを、当時小学生だった私の心にはすごく強く印象が残っているんですね。戦争というものは、何もかもやはり価値観を変えてしまうのかなとかというのも子供ながらに感じたんですが、そんな祖父や祖母がいたからこそ、生き残ったからこそ、今も私、ここに立っていると思うんですけれども。

改めて、国が戦没者の遺族に対して弔慰の意を表すことは大切だと私も考えています。今回の法改正に反対する理由というのは、私はないと考えています。ただし、同時に、残された問題にも我々政治家は向き合う必要があると考えています。

冒頭、大臣の戦争体験の話も聞いたんですが、やはり忘れてはいけないのは、私も、そしてここにいる皆さんもそうなんですけれども、実際戦争を自分の目で見ていないということだと思うんです。だからこそ、様々な人の意見を聞かなければいけない。

今残っている大きな問題は、原爆で亡くなった方や空襲被害の補償についてです。

昨年、日本被団協は、戦争の被害は国民が受忍しなければならないという日本政府の主張にあらがって、ノーベル平和賞の授賞式で、原爆被害は戦争を開始し遂行した国によって償われなければならないとスピーチをされて、被爆者援護法だけではない、原爆投下によってお亡くなりになった方への補償がされていないという問題についても、広く国民に問題提起をするきっかけとなりました。

そして、今月十日、東京大空襲から八十年目を迎えました。この空襲による死者というのは一晩で十万人以上、罹災者は約三百万人とされています。これら民間の空襲被害者らの救済に関して、石破総理が先日の予算委員会で、歴代の総理よりも踏み込んだ答弁をされているんですね。次の時代に対する責任として行政が判断しなければならない問題だとも強調されていて、戦後八十年の節目を控えて、救済へ新たな動きがあるんじゃないかと国民の関心が集まっていると思います。

そしてまた、東京都世田谷区、保坂展人区長が今月二十一日に、見舞金の創設も含めた民間の空襲被害者への独自支援を検討すると表明されていて、都内の自治体では異例とのことなんですけれども、私は、やはり、こういうのこそ、見舞金のそういう姿勢、国としての姿勢、これはやはり国がやっていくべきだと考えるんですが、戦後八十年という節目、それぞれがどう捉えるか、国民も注目しています。

その中で、民間人への補償について、福岡大臣、どうお考えになられているのか、教えてください。

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