阿部圭史 (日本維新の会)

2025年3月12日・第217回国会 衆議院 厚生労働委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 235 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 272 発言)

基本的には、法の趣旨に基づいて尊重するということ、まさに専門家が議論しているからということだとは思いますけれども、やはり、民主的正統性を持った政治家が閣僚をやっているわけですから、そういった裁量と権限を持ってやるということも大事なのではないかというふうに私は思っている次第でございます。

時間の関係もございまして、ちょっと質問を飛ばさせていただきまして、戦後八十年のことについてお伺いしたいと思います。

資料をお配りさせていただいております。これは戦後七十年談話についての資料でございますが、大臣の所信表明でも、戦後八十年、本年についてということで言及がございました。

厚生労働省は戦後処理に関する多くの事業を行っていらっしゃいますが、先日、とある新聞社の記事にこのようなものがございました。石破首相は複数の官邸幹部と戦後八十年談話に向けた検討、議論を開始、過去の首相談話が終戦記念日の八月十五日当日やその前日に閣議決定されていることを踏まえ、談話を出す時期などをめぐって協議した、有識者会議の設置についても今後検討する。

これは、もし本当だとすれば、一体何を考えているのかというふうに私は思っておりまして、やはり、故安倍晋三総理が十年前に戦後七十年談話でお話しになられたこと、これで戦後の談話は終了したんだというふうに私は思っております。この八十年談話というのは、全く出す必要がないということですね。

私、二〇一二年十二月に発足した第二次安倍政権が、翌二〇一三年の四月に初めて政府が雇用した官僚の一人でございまして、安倍総理の訓示を受けて公の仕事を開始したわけですけれども、その二年後の二〇一五年に、まさにこの談話を発表されて、そのとき、私、二〇一五年の八月十四日、まさに大臣が所管されている厚生労働省の自席に座りながらこの談話を聞いていたところです。

談話の一部、資料にございますが、読み上げさせていただきます。「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」

私、この談話を聞いたときに、一国民として自然と涙が流れましたね。十年前のこの七十年談話というのは、やはり、戦前戦中を知らない我々戦後世代を過去のくびきから解き放って、未来に向けて目を向けさせていただいたものだというふうに認識をしております。このような観点でも、八十年談話などというものは、戦後七十年談話をめぐる英知と努力を台なしにするものでございまして、全く出す必要がないというふうに思っております。

これまで、戦後五十年の村山談話、六十年の小泉談話、七十年の安倍談話は、全て閣議決定がなされてきました。福岡大臣は、内閣の一員として、そして戦後処理を預かる厚労大臣として、このような動きがあった場合には是非とも全力で阻止していただきたいというふうに思っておりますが、我が国の一時代を預かる一政治家として、是非ともお考えをお聞かせいただきたいと思います。

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