立憲民主党、大西健介です。
時間が限られているので、早速質問に入りたいと思うんですが、配付した資料の一ページ目、新聞記事を御覧をいただきたいんですけれども、私も、当時、厚労委員でもあったのでよく覚えていますけれども、働き方改革で裁量労働制の導入が問題になったときに、裁量労働制というのは一旦導入されると濫用がなかなか表面化しにくいんじゃないか、こういう議論が行われたときに、当時の加藤大臣が、いやいや、大丈夫なんだ、例えば野村不動産に特別指導をしましたということを例に挙げて、こうやってちゃんと厳正に指導監督をするので大丈夫なんですよと言ったんですけれども、ところが、後になって、実は、この特別指導は、過労死、過労自殺があったから指導に入ったんじゃないかということが分かったんですね。そうすると、やはり結局、人一人死なないと濫用が表面化しないんじゃないか、こういうことが大きな議論になりました。
その上で、じゃ、加藤大臣は社員の過労死をいつ知ったんですかというこの質疑、これは二ページ目に会議録をつけていますけれども、今質問に立った岡本委員の質問ですけれども、ここで繰り返し、時間を使ってこの議論があって、そのときに加藤大臣は、労災決定があったということを私が承知したのは先ほど申し上げた三月五日ということでございます、この答弁を何度も繰り返したんですね。
ところが、最初の新聞記事に戻っていただくと、厚労省は、特別指導について、十一月から十二月にかけて大臣に三回レクをしていたと。じゃ、そのレクの資料をこの委員会に出してくれということで理事会に資料が出てきたんですけれども、それが、いわゆるノリ弁で黒塗りだったんです。それを見ても、だから、特別指導だけじゃなくて、過労死や労災認定について大臣が説明を受けていたのかどうなのかというのが当時よく分からなかったんです。
ところが、この一ページの新聞記事を見ていただくと、不開示決定取消し訴訟というのが行われて、その結果、この文書の一部が今回開示されました。これが三ページ目の資料ですけれども、いまだ黒塗りされていますが、この資料の下の方を見ていただきたいんですけれども、今後の予定は以下のとおりということで、十二月二十六日火曜日、労災認定というのが出ているんですよ。これは、当時、労災という言葉が出ているところは全部マスキングを外せと言ったんだけれども、外されなかったんですね。
ですから、まさに、これを見ると、もうレクを受けたときに、過労死の労災認定が行われることを加藤大臣は知っていたということなんですよ。ですから、知っていたにもかかわらず、法案を通すために加藤大臣がこの都合の悪い事実を隠していた。これは、そうだとしたら、私は大問題だと思います。
当時、このことをめぐって、貴重な国会の審議時間が多く費やされました。厚労省は、大臣が過労死や労災認定のことを知りながら、野村不動産への特別指導を裁量労働制の取締りの好事例として紹介する答弁を行ったということを認めて、謝罪すべきだと思いますけれども、いかがでしょうか。
98
福岡資麿(自民)厚生労働大臣
私どもとしましては、ハローワークは、地域において必要な機能を維持し、これまで、平成十年代から二十年代にかけて七十以上のハローワークを削減した中で、今、ハローワーク一か所当たりで対応すべき労働力人口及び失業者については、関係各国を見ても日本がかなり多い状況にある。
そういう状況でありますが、今おっしゃったいろいろな御指摘も踏まえて、どういうことができるか、しっかり分析を進めてまいりたいと思います。
この発言のページ
99
岡本充功(立憲)
じゃ、結果を待っています。
終わります。
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100
藤丸敏(自民)
次に、大西健介君。
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- (上の発言)
101
大西健介(立憲)
立憲民主党、大西健介です。
時間が限られているので、早速質問に入りたいと思うんですが、配付した資料の一ページ目、新聞記事を御覧をいただきたいんですけれども、私も、当時、厚労委員でもあったのでよく覚えていますけれども、働き方改革で裁量労働制の導入が問題になったときに、裁量労働制というのは一旦導入されると濫用がなかなか表面化しにくいんじゃないか、こういう議論が行われたときに、当時の加藤大臣が、いやいや、大丈夫なんだ、例えば野村不動産に特別指導をしましたということを例に挙げて、こうやってちゃんと厳正に指導監督をするので大丈夫なんですよと言ったんですけれども、ところが、後になって、実は、この特別指導は、過労死、過労自殺があったから指導に入ったんじゃないかということが分かったんですね。そうすると、やはり結局、人一人死なないと濫用が表面化しないんじゃないか、こういうことが大きな議論になりました。
その上で、じゃ、加藤大臣は社員の過労死をいつ知ったんですかというこの質疑、これは二ページ目に会議録をつけていますけれども、今質問に立った岡本委員の質問ですけれども、ここで繰り返し、時間を使ってこの議論があって、そのときに加藤大臣は、労災決定があったということを私が承知したのは先ほど申し上げた三月五日ということでございます、この答弁を何度も繰り返したんですね。
ところが、最初の新聞記事に戻っていただくと、厚労省は、特別指導について、十一月から十二月にかけて大臣に三回レクをしていたと。じゃ、そのレクの資料をこの委員会に出してくれということで理事会に資料が出てきたんですけれども、それが、いわゆるノリ弁で黒塗りだったんです。それを見ても、だから、特別指導だけじゃなくて、過労死や労災認定について大臣が説明を受けていたのかどうなのかというのが当時よく分からなかったんです。
ところが、この一ページの新聞記事を見ていただくと、不開示決定取消し訴訟というのが行われて、その結果、この文書の一部が今回開示されました。これが三ページ目の資料ですけれども、いまだ黒塗りされていますが、この資料の下の方を見ていただきたいんですけれども、今後の予定は以下のとおりということで、十二月二十六日火曜日、労災認定というのが出ているんですよ。これは、当時、労災という言葉が出ているところは全部マスキングを外せと言ったんだけれども、外されなかったんですね。
ですから、まさに、これを見ると、もうレクを受けたときに、過労死の労災認定が行われることを加藤大臣は知っていたということなんですよ。ですから、知っていたにもかかわらず、法案を通すために加藤大臣がこの都合の悪い事実を隠していた。これは、そうだとしたら、私は大問題だと思います。
当時、このことをめぐって、貴重な国会の審議時間が多く費やされました。厚労省は、大臣が過労死や労災認定のことを知りながら、野村不動産への特別指導を裁量労働制の取締りの好事例として紹介する答弁を行ったということを認めて、謝罪すべきだと思いますけれども、いかがでしょうか。
102岸岸本武史厚生労働省労働基準局長
お答えいたします。
御指摘の事案につきましては、当時の加藤厚生労働大臣の御答弁では、平成二十九年十二月二十六日に労災保険の支給決定を行ったことについて、平成三十年三月五日に事務方から報告を受けたというふうにお答えをしております。
また、御指摘の文書は、労災保険の支給決定前である平成二十九年十二月二十二日に当時の加藤大臣に御説明した資料でございまして、その中に、平成二十九年十二月二十六日に労災認定を行う予定であることが含まれていたというものでございます。
これらのことから、労災保険の支給決定を行ったことについて報告を加藤大臣がお受けになったのは平成三…
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103
大西健介(立憲)
これは確かに、加藤大臣は、支給決定があったことというのは、微妙にそういうふうには答弁されていますけれども、問題は、そのとき議論になっていたのは、いや、裁量労働制の濫用はないんだ、だって、こうやって特別指導をちゃんと厚労省はやるんだからと言ったんだけれども、でも、その特別指導は人が死んだからやったんでしょうという話で、それが大問題になったわけですよ。たくさんの時間を費やしたんです。
当時は、ここに、労災という言葉がこのマスキングの中に入っているところがあるんだったらそこを開けろと言ったのに、開けなかったんですよ。そのとき開けていたら、こんなばかみたいに時…
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104岸岸本武史厚生労働省労働基準局長
お答えいたします。
平成三十年当時の国会答弁や国会に提出をさせていただきました資料の内容を踏まえますと、開示するかどうかの判断に当たりましては、先ほども申し上げましたが、被災者や御遺族のプライバシー保護の問題、また、私どもの監督指導の端緒、きっかけを公にしないようにすることといった観点から検討が行われておったものでございます。
このように検討した結果、当時、既に開示されていた部分以外に新たに開示をすべき部分はなく、不開示を維持すべきというふうに判断をされたものでございます。
厚生労働省といたしまして、こうした観点で検討する、つまり、開示に当たって、…
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