有志の会の北神圭朗です。
現在、臨時会の召集期限については、憲法第五十三条後段に、「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と憲法に規定されています。では、いつまでに召集を決定しないといけないかについては、通常、先ほどの説明があったとおり、合理的な期間を超えない期間内だと解釈されています。問題は、この合理的期間についての見解が与野党で一致していないということにあります。
我々は、まず、日本維新の会、国民民主党との三会派の共同提案においては、召集期限を二十日以内と明記しております。我々の目的は、選挙困難事態などの緊急時にいかに国会を機能させつつ、行政に対して制約をかけることにあります。言い換えれば、内閣が緊急時を理由に国会をあえて召集しないことを防ぐためです。
行政がこういうときに説明責任などを避けようとする傾向を示すことは、歴史が証明するところであります。例えば、常会の合間に緊急時が生じた際、内閣が召集を決定する合理的期間の範囲が今のように解釈に委ねられていれば、有事における国会不在のおそれが生じます。
次に、平時の場合についてでありますが、我々の案は有事限定のものではないので、合理的期間の解釈論に終止符を打つことになります。
平時についても、内閣としては、議案提出の準備や政治情勢への配慮から、いつ召集するかについて裁量を握っていたいのは自然だと思います。他方、召集を要求した国会側としては、一刻も早い開会を求めるのも、これもまた自然であります。こうして合理的期間の捉え方に差が出てしまうのでしょう。
しかし、より俯瞰すれば、そもそも、臨時会の召集要求の在り方は常会の会期からも影響を受けることが分かります。
国会法第十条は、「常会の会期は、百五十日間とする。」と規定され、大日本帝国憲法の三か月間に比べて期間が長くなってはいます。しかし、それでも、今日の行政の複雑化などによる国会の職務増大に伴って、事実上、毎年のように臨時会が開かれています。例えば、過去十年を振り返ると、一年間の平均開会日数は二百十一日間となっています。これは、常会の百五十日間に六十日間程度を加えたものとなっています。
本来、臨時会というものは、例えば災害などにより補正予算や法律案の審議を求めるときなどに限って想定されているものですが、現実の運営は必ずしもそうなっていません。
諸外国を見ますと、一つ、米国は、西暦奇数年の第一会期と偶数年の第二会期に分かれ、毎年一月から十一月ないしは十二月まで開催されています。英国は、複数の会期に区分されますが、常会、臨時会の区別はなく、通常、五月から約一年程度継続することになっています。ドイツは、会期制度は取られず、下院では、会議を開く週は年間二十二週間から二十四週間程度となっています。
一見、英米は通年国会に近いように映りますが、復活祭の休暇、夏季休暇などもあり、先ほどの和田委員の、ディズニーランド行きが許されるかどうかはちょっと調査し切れていませんが、実質的な開会日数は我が国と大差はございません。
類型化すれば、一つは、我が国のように常会に加えて臨時会を利用する方式、二つ目には、英米のように通年会期制を用いるか、常会が通年会期化する方式、三つ目には、ドイツのような万年議会制の形態を取る方式に分けることができます。
ただし、我が国において、常会に加えて臨時会を利用する例外としては、二〇一五年の通常国会があります。この国会では、当初の百五十日間の会期が九十五日間も延長され、二百四十五日もの会期となりました。その閉会後に野党から出された臨時会の召集要求に対して、内閣はこれに応じず、翌年の常会まで国会は開会されませんでした。恐らく、内閣としては、常会の審議日数を相当程度確保すれば臨時会は必要ないとの判断をしたのだと推測されます。
しかし、これは例外であり、過去になされた臨時会の召集要求について見ますと、臨時会召集の要求書の送付日から召集日の前日までの平均期間は、過去十年間では平均六十九日、過去二十年間では平均五十八日となっています。果たしてこれが合理的期間であるかが問われます。
問題は、審議日程を必要十分に確保しようとすれば、臨時会の召集、さらにはその召集期間が往々にして政争の具となってしまうことであります。
本来、憲法五十三条後段の手続にのっとった要求があれば可能な限り速やかに国会が開けるようにすることが、私は条文の趣旨にかなっていると考えます。
ただ一方で、そもそも、常会の会期が延長可能であるとしても、百五十日間という日数でよいのかについても検討することは一案だと考えます。例えば、会期を通年に近いものにすれば、召集要求の濫用を含め、臨時会召集をめぐる争いも相当なくなっていくのではないでしょうか。
今、我が国が激しい変動に対応しなければならない中、国会と内閣がそれぞれの権能をより高い次元で果たすことが求められています。こうした観点から、臨時会の召集決定期限を明記することは必要だと考えますが、併せて会期制度の在り方についても検討すべきであると申し上げ、私の発言を終わります。
25
枝野幸男(立憲)
次に、赤嶺政賢さん。
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26
赤嶺政賢(共産)
日本共産党の赤嶺政賢です。
憲法五十三条について意見を述べます。
憲法五十三条後段は、臨時会について、いずれかの議院の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならないと明記しています。その目的は、国会の少数者の発言権を保障し、国民の多様な意見を国政に反映させると同時に、国会による行政監視機能を徹底させ、権力を統制するためです。
この規定は、日本国憲法に初めて取り入れられたものです。明治憲法は、天皇主権の下で、議会は天皇と政府が必要とする場合にのみ召集され、まさに協賛機関にすぎませんでした。さらに、天皇は議会閉会中も法律に代わる勅…
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枝野幸男(立憲)
次に、北神圭朗さん。
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- (上の発言)
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北神圭朗政府参考人など
有志の会の北神圭朗です。
現在、臨時会の召集期限については、憲法第五十三条後段に、「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と憲法に規定されています。では、いつまでに召集を決定しないといけないかについては、通常、先ほどの説明があったとおり、合理的な期間を超えない期間内だと解釈されています。問題は、この合理的期間についての見解が与野党で一致していないということにあります。
我々は、まず、日本維新の会、国民民主党との三会派の共同提案においては、召集期限を二十日以内と明記しております。我々の目的は、選挙困難事態などの緊急時にいかに国会を機能させつつ、行政に対して制約をかけることにあります。言い換えれば、内閣が緊急時を理由に国会をあえて召集しないことを防ぐためです。
行政がこういうときに説明責任などを避けようとする傾向を示すことは、歴史が証明するところであります。例えば、常会の合間に緊急時が生じた際、内閣が召集を決定する合理的期間の範囲が今のように解釈に委ねられていれば、有事における国会不在のおそれが生じます。
次に、平時の場合についてでありますが、我々の案は有事限定のものではないので、合理的期間の解釈論に終止符を打つことになります。
平時についても、内閣としては、議案提出の準備や政治情勢への配慮から、いつ召集するかについて裁量を握っていたいのは自然だと思います。他方、召集を要求した国会側としては、一刻も早い開会を求めるのも、これもまた自然であります。こうして合理的期間の捉え方に差が出てしまうのでしょう。
しかし、より俯瞰すれば、そもそも、臨時会の召集要求の在り方は常会の会期からも影響を受けることが分かります。
国会法第十条は、「常会の会期は、百五十日間とする。」と規定され、大日本帝国憲法の三か月間に比べて期間が長くなってはいます。しかし、それでも、今日の行政の複雑化などによる国会の職務増大に伴って、事実上、毎年のように臨時会が開かれています。例えば、過去十年を振り返ると、一年間の平均開会日数は二百十一日間となっています。これは、常会の百五十日間に六十日間程度を加えたものとなっています。
本来、臨時会というものは、例えば災害などにより補正予算や法律案の審議を求めるときなどに限って想定されているものですが、現実の運営は必ずしもそうなっていません。
諸外国を見ますと、一つ、米国は、西暦奇数年の第一会期と偶数年の第二会期に分かれ、毎年一月から十一月ないしは十二月まで開催されています。英国は、複数の会期に区分されますが、常会、臨時会の区別はなく、通常、五月から約一年程度継続することになっています。ドイツは、会期制度は取られず、下院では、会議を開く週は年間二十二週間から二十四週間程度となっています。
一見、英米は通年国会に近いように映りますが、復活祭の休暇、夏季休暇などもあり、先ほどの和田委員の、ディズニーランド行きが許されるかどうかはちょっと調査し切れていませんが、実質的な開会日数は我が国と大差はございません。
類型化すれば、一つは、我が国のように常会に加えて臨時会を利用する方式、二つ目には、英米のように通年会期制を用いるか、常会が通年会期化する方式、三つ目には、ドイツのような万年議会制の形態を取る方式に分けることができます。
ただし、我が国において、常会に加えて臨時会を利用する例外としては、二〇一五年の通常国会があります。この国会では、当初の百五十日間の会期が九十五日間も延長され、二百四十五日もの会期となりました。その閉会後に野党から出された臨時会の召集要求に対して、内閣はこれに応じず、翌年の常会まで国会は開会されませんでした。恐らく、内閣としては、常会の審議日数を相当程度確保すれば臨時会は必要ないとの判断をしたのだと推測されます。
しかし、これは例外であり、過去になされた臨時会の召集要求について見ますと、臨時会召集の要求書の送付日から召集日の前日までの平均期間は、過去十年間では平均六十九日、過去二十年間では平均五十八日となっています。果たしてこれが合理的期間であるかが問われます。
問題は、審議日程を必要十分に確保しようとすれば、臨時会の召集、さらにはその召集期間が往々にして政争の具となってしまうことであります。
本来、憲法五十三条後段の手続にのっとった要求があれば可能な限り速やかに国会が開けるようにすることが、私は条文の趣旨にかなっていると考えます。
ただ一方で、そもそも、常会の会期が延長可能であるとしても、百五十日間という日数でよいのかについても検討することは一案だと考えます。例えば、会期を通年に近いものにすれば、召集要求の濫用を含め、臨時会召集をめぐる争いも相当なくなっていくのではないでしょうか。
今、我が国が激しい変動に対応しなければならない中、国会と内閣がそれぞれの権能をより高い次元で果たすことが求められています。こうした観点から、臨時会の召集決定期限を明記することは必要だと考えますが、併せて会期制度の在り方についても検討すべきであると申し上げ、私の発言を終わります。
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枝野幸男(立憲)
各会派一巡の発言が終わりましたが、委員各位による発言に先立ち、前回の審査会の積み残しに対応したいと思います。
前回、国民民主党の浅野幹事より自民及び立憲の両会派に対し御質問がございまして、それについては次回回答するということになっております。
それぞれ回答をお願いいたします。まず、自民党。
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船田元(自民)
船田元でございます。
四月十日の審査会におきまして、国民民主党浅野幹事から、思想、良心の形成過程の自由の保障について我が党に質問をいただきました。
当審査会にかつて参考人としておいでいただいた山本龍彦慶応大学教授も、浅野先生と同様の御指摘をなされていたと記憶をしております。山本教授は、政治的マイクロターゲティングを用いれば人の感情や意思決定を容易に操作できることを指摘し、私たちの認知領域をいかに保護し、自律的な意思形成過程を守るかは今後重要な論点になるという点は、非常に重要な指摘だと思っております。
こうした御主張を基にして、今後、ネット社会と憲法…
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枝野幸男(立憲)
次に、立憲民主党。
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