ただいま御質問いただきました墓参につきましては、先ほど私も申し上げたとおり、これは私たちの運動の原点であるという前提です。
それと、洋上慰霊に切り替えざるを得ないということにつきましては、島民の間から、どうしても行けないのであれば一歩でも島の近いところで慰霊をしたいんだという申入れがありまして、それを受けて実施している状態です。本来はこういう形ではしたくなかった。全島が見えるような洋上慰霊ならまだいいけれども、それもできない状態で、非常に歯がゆい状況に追い込まれているのは事実であります。
ただ、墓参ができなくても、洋上慰霊をする中で、単に慰霊だけで終わらせないで、実は、その中で交流会を持ったり、いろいろな方とお話をしていただいたりというような形で、北方領土問題の解決に向けたそういう一つの話合いの場も持っているということを御理解いただければと思います。
墓参は私たちの命だと思っております。御質問ありがとうございました。
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逢坂誠二(立憲)
ありがとうございました。
以上で参考人の方々からの意見の開陳は終わりました。
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逢坂誠二(立憲)
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申出がありますので、順次これを許します。向山淳君。
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向山淳(自民)
自由民主党の向山淳でございます。
本日は、参考人の四人の皆様には、本当にお忙しい中で貴重なお話をお聞かせいただきまして、心から感謝を申し上げます。
私、北海道の選出の議員でございますので、本日は、松本理事長と石垣市長、お二人の参考人に主にお話をお伺いしたいというふうに考えております。
また、個人的なことを申しますと、私の祖父が戦中は陸軍におりまして、一九四四年の三月から、根室から色丹島に渡っておりまして、まさに四五年の八月以降のソ連軍の北方領土への南下そして不法占領というときに、九月一日に色丹島でソ連軍にシベリア抑留をされるというような経験を有して…
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- (上の発言)
12松松本侑三公益社団法人千島歯舞諸島居住者連盟理事長
ただいま御質問いただきました墓参につきましては、先ほど私も申し上げたとおり、これは私たちの運動の原点であるという前提です。
それと、洋上慰霊に切り替えざるを得ないということにつきましては、島民の間から、どうしても行けないのであれば一歩でも島の近いところで慰霊をしたいんだという申入れがありまして、それを受けて実施している状態です。本来はこういう形ではしたくなかった。全島が見えるような洋上慰霊ならまだいいけれども、それもできない状態で、非常に歯がゆい状況に追い込まれているのは事実であります。
ただ、墓参ができなくても、洋上慰霊をする中で、単に慰霊だけで終わらせないで、実は、その中で交流会を持ったり、いろいろな方とお話をしていただいたりというような形で、北方領土問題の解決に向けたそういう一つの話合いの場も持っているということを御理解いただければと思います。
墓参は私たちの命だと思っております。御質問ありがとうございました。
13石石垣雅敏北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会会長/根室市長
御質問ありがとうございます。
北方墓参につきましては、まずは歴史をひもとけば、北方墓参は昭和三十九年であります。そして、その前々年、昭和三十七年の十月がいわゆるキューバ危機であります。多少のデタントはあったものの、東西冷戦構造の中であっても、また電話も電報も自由ではない、そんな時代の中でも、時の政府も政治もまた各団体も、本当に針の小さな穴を通すようなそんな思いで実現した墓参でありますし、また、当時はソ連共産党と結んだ墓参であります。そんな意味から、是非とも、今電話も電報も自由でありますし、何とか人道的見地から再開してほしい、今理事長お話しのように、まず…
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向山淳(自民)
ありがとうございます。
一歩でも近くにいたいというお言葉が、本当に切実な島民の皆様の思いを伝えている言葉だなというふうに思います。また、交流会であったり解決の場にもされているということで、非常に意義があることだとは思いつつも、とにかく現地に行くということの重要性をしっかり受け止めてまいりたいと思います。
そのような中で、先ほどお二人からも御指摘がありました。一番懸念されるのは、報道が減ってしまうことによっての、また、戦後八十年という時間が経過する中での国民の関心の低下というところだというふうに思います。
私、松本さんが四月に函館支部の方で千島連盟で…
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15松松本侑三公益社団法人千島歯舞諸島居住者連盟理事長
後継者の育成に関しましては、私たちのこの運動の生命線だと思っております。先ほど私が申し上げましたとおり、私たちの元島民のお話は、いろいろな形で聞き取りをして、収録をして、資料として残しております。そういうものを使いながら、後継者の方々にも参加していただいて学習会をするなどして、特に、後継者、語り部の育成につきましてはかなり力を入れてやっております。
それともう一つ、報道の件なんですが、先ほど、ちょっと今の御質問からそれちゃうかもしれませんけれども、実は、洋上慰霊をしたときに某新聞社が来られまして、一昨年は、地方版で、北海道以外の地方紙で二社、昨年は七社…
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