沖縄戦におきましては、私も防衛大臣として県民の追悼式に参列をさせていただいておりますけれども、やはり、さきの大戦の末期、県民を巻き込んだ凄惨な地上戦が行われて、軍民合わせて二十万人という貴い命が失われた。特に、本島の南部の地域においては、多くの住民の方々が犠牲になったものだと認識をいたしております。まさに沖縄の方々の筆舌に尽くし難い困難と、癒えることのない悲しみ、苦しみ、これは私自身も胸に刻みながらでありますが、日本全体の国民においても、こういったことをしっかり受け止めて、戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないというふうに考えております。
この牛島司令官の評価、旧軍の評価につきましては様々な御意見があるということは承知いたしておりますけれども、そういうことを含めまして、このホームページにおきましては、地元の部隊の司令官が地元の皆様に非常に身近な部隊であるということを感じていただくために、これまでの過去の歴史や経緯を伝えるという意味において、訓示を含めて、ホームページに掲載することとしたものと承知いたしております。
いろいろとこれに対してお考え等もありますけれども、私は、この掲示によりまして、やはり、もう二度とあのようなことが起こらないように平和を願っているという意味の印象が強いのではないかなというふうに思っておりますので、こういった、日頃から地元の方々に、実情をしっかり通じて部隊のあるべき姿を問うているというふうに思います。
もう一点、それから、住民の避難と武力攻撃に対応するということをどう考えるかということにつきましては、これはまさに委員が在籍中に武力攻撃事態の法案を作成したときに、当初は武力攻撃事態に対応するという内容の法案でしかなかったんですね。ところが、そこを更に与野党で検討いたしまして、それに国民保護法という内容の法律も加えて、両方が有事法制ということにいたしておりますので、これは、そういった事態が起こったときに、両方のことを両立させてやっていくということを可能にしておりますので、両方対応することが大切ではないかなというふうに思っております。
33
赤嶺政賢(共産)
事前に報告があったということです。
それに対して、本省としてどういう対応をしたんですか。そのまま認めたということですか。
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34萬萬浪学防衛省大臣官房長
お答え申し上げます。
重なりますが、第一五旅団のホームページを作成しているのは一五旅団そのものでございますけれども、そちらの方で、地元の皆様に身近な存在だと感じていただくという趣旨でこういうようなリニューアルを行ったというふうに聞いてございます。
その上で、こうしたホームページの記載内容を含めまして、部隊の情報発信の在り方につきましては、日頃から地元の方々と身近に接して地域の実情に通じておる各部隊において、しかるべく判断し、対応すべきものというふうに考えておるところでございます。
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35
赤嶺政賢(共産)
先ほどの答弁でも、本省のお墨つきの下で掲載されたということであります。
防衛大臣に伺いますが、当時の日本軍は、軍官民共生共死一体化、軍も官も民も、共に生き、共に死ぬ、一体化するという方針の下に、住民を戦争に動員し、捕虜になることを許さず、最後は自決することを強要しました。
牛島司令官は、摩文仁の丘で、米軍に包囲され、万策尽きた六月十八日、最後の命令を下しました。司令官自身が自決に追い込まれる状況にあっても、投降を許さず、最後まで戦い続けるよう指示するものでありました。鉄血勤皇隊に動員された少年たちは、斬り込み攻撃や北部の国頭に脱出して再起を図るよう迫…
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- (上の発言)
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中谷元(自民)防衛大臣
沖縄戦におきましては、私も防衛大臣として県民の追悼式に参列をさせていただいておりますけれども、やはり、さきの大戦の末期、県民を巻き込んだ凄惨な地上戦が行われて、軍民合わせて二十万人という貴い命が失われた。特に、本島の南部の地域においては、多くの住民の方々が犠牲になったものだと認識をいたしております。まさに沖縄の方々の筆舌に尽くし難い困難と、癒えることのない悲しみ、苦しみ、これは私自身も胸に刻みながらでありますが、日本全体の国民においても、こういったことをしっかり受け止めて、戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないというふうに考えております。
この牛島司令官の評価、旧軍の評価につきましては様々な御意見があるということは承知いたしておりますけれども、そういうことを含めまして、このホームページにおきましては、地元の部隊の司令官が地元の皆様に非常に身近な部隊であるということを感じていただくために、これまでの過去の歴史や経緯を伝えるという意味において、訓示を含めて、ホームページに掲載することとしたものと承知いたしております。
いろいろとこれに対してお考え等もありますけれども、私は、この掲示によりまして、やはり、もう二度とあのようなことが起こらないように平和を願っているという意味の印象が強いのではないかなというふうに思っておりますので、こういった、日頃から地元の方々に、実情をしっかり通じて部隊のあるべき姿を問うているというふうに思います。
もう一点、それから、住民の避難と武力攻撃に対応するということをどう考えるかということにつきましては、これはまさに委員が在籍中に武力攻撃事態の法案を作成したときに、当初は武力攻撃事態に対応するという内容の法案でしかなかったんですね。ところが、そこを更に与野党で検討いたしまして、それに国民保護法という内容の法律も加えて、両方が有事法制ということにいたしておりますので、これは、そういった事態が起こったときに、両方のことを両立させてやっていくということを可能にしておりますので、両方対応することが大切ではないかなというふうに思っております。
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赤嶺政賢(共産)
牛島司令官の沖縄戦における役割の評価は定まっていますよ。定まっていないと思っていますか。結局、三二軍の司令官として、沖縄県民を戦場に巻き込んで、そして、この辞世の句は平和を願っている歌と言いましたが、誰が読んでも、とにかく最後の一人まで戦え、自分の命が長らえることは考えるな、死んで皇国に尽くせという歌ですよ、これは。平和の歌じゃないですよ。しかも、評価は決まっていますよ。住民を犠牲にした、こんな戦争なんてないじゃないですか。
大臣もそのことをよく分かっておられる。それでも、この辞世の句は掲載をやめない、大臣、そうおっしゃるんですか。
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中谷元(自民)防衛大臣
一つの歴史の事実として、さきの大戦において、司令官も含めて戦ったわけでありますが、私が注目するのはこの最後の句で、御国の春によみがえらなんという句でありまして、そういうことを踏まえて、これから平和を願ってやっていかなければならない、そういうふうに受け取っております。
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赤嶺政賢(共産)
それは違いますよ。今死んでも、必ず将来はこの皇国がよみがえることになるから、皇国のために死ねということですよ、これは。自分が長生きするんじゃなくて、皇国に尽くせということを司令官は言っているんですよ。何を言っているんですか、そんなの。それは、六月二十三日の慰霊祭に参加する資格さえないですよ、そんなことを大臣が答弁するのであれば。これは絶対に許されないと思います。
今大臣、いろいろ弁解もしました。大臣と何度もおつき合いしてきましたし、本音のところではそうではないんじゃないかと思っていますけれども、しかし、委員会で公然と、これは平和を願う歌。そして、住民は…
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