石破茂 (自由民主党)内閣総理大臣

2024年12月6日・第216回国会 参議院 予算委員会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 304 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 497 発言)

私事に及んだら、どうぞお許しをいただきたいと思います。

子供の頃、政治家になろうと思ったことは一度もございません。それは、親を見ておって、ううんと思った。つまり、プライベートな時間ってないねと。そして、子供と遊んでくれたことも、親の思いは別としてですね、なかったですし、何となく親を、父親を客観視しておったところがございまして、政治家になろうと、子供の頃、中学生の頃からそういう思いが少しぐらい芽生えたのかもしれませんが。

学校の先生というのを書きましたのは、私、これまた私事で申し訳ありませんが、母親が、もう亡くなって何年にもなりますが、国語の教師でございました。上の姉は英語の教師でございましたし、下の姉は歴史の教師でございました。実際に教えて、教壇に立っておりました。

私自身、小学校、中学校で本当に有り難い先生に巡り合えて、その先生に巡り合わなかったら、また全然、今でも決してまとも、いや、言い方が難しいですが、もっとまた違う人生になっちゃったのかなというような気がせぬわけでもありません。

ただ、その人の一生を左右するということがどんなに恐ろしいことなのかと。自分が有り難い先生に恵まれただけに、自分が人を教える立場に立って、その人をちゃんと導くことができなかったということに対する恐れみたいなものがあって、結局、教職を選択しなかったということだと思っております。

大学生の頃に、夏休みに、委員はもちろんその道、全て極めておられるわけでありますが、そういうキリスト教の教会の日曜学校の臨時雇いの教師をしたことはございます。そこにおいて、本当に、その人を教えるということは、本当に自分として全身全霊で準備をしないと、そんなことをしてはいけないということを痛感したことでございました。

教師の働き方改革でまたいろんな議論があろうかと思いますが、私は、教師という仕事に対して恐れというものは常に持っておるものでございます。

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