私事に及んだら、どうぞお許しをいただきたいと思います。
子供の頃、政治家になろうと思ったことは一度もございません。それは、親を見ておって、ううんと思った。つまり、プライベートな時間ってないねと。そして、子供と遊んでくれたことも、親の思いは別としてですね、なかったですし、何となく親を、父親を客観視しておったところがございまして、政治家になろうと、子供の頃、中学生の頃からそういう思いが少しぐらい芽生えたのかもしれませんが。
学校の先生というのを書きましたのは、私、これまた私事で申し訳ありませんが、母親が、もう亡くなって何年にもなりますが、国語の教師でございました。上の姉は英語の教師でございましたし、下の姉は歴史の教師でございました。実際に教えて、教壇に立っておりました。
私自身、小学校、中学校で本当に有り難い先生に巡り合えて、その先生に巡り合わなかったら、また全然、今でも決してまとも、いや、言い方が難しいですが、もっとまた違う人生になっちゃったのかなというような気がせぬわけでもありません。
ただ、その人の一生を左右するということがどんなに恐ろしいことなのかと。自分が有り難い先生に恵まれただけに、自分が人を教える立場に立って、その人をちゃんと導くことができなかったということに対する恐れみたいなものがあって、結局、教職を選択しなかったということだと思っております。
大学生の頃に、夏休みに、委員はもちろんその道、全て極めておられるわけでありますが、そういうキリスト教の教会の日曜学校の臨時雇いの教師をしたことはございます。そこにおいて、本当に、その人を教えるということは、本当に自分として全身全霊で準備をしないと、そんなことをしてはいけないということを痛感したことでございました。
教師の働き方改革でまたいろんな議論があろうかと思いますが、私は、教師という仕事に対して恐れというものは常に持っておるものでございます。
301金金子道仁(維新)
日本維新の会、ただいま文科部会長を務めさせていただいております金子道仁です。
石破総理は、私にとっては非常に尊敬する政治家の一人、政治を志すきっかけの一つをつくってくださった方です。敬意を払いつつ、今回しっかりと議論させていただきたいと思います。
まず最初に、国会改革についてお伺いしたいと思います。
日本維新の会の新代表である吉村知事は、政策の三本柱の一つとして、永田町の文化を変えるということを挙げておられます。衆議院の与党過半数割れ、こういう状況である今こそ、永田町の文化の一つである従来の政策決定プロセス、これを変えていくチャンスではないでしょう…
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302
石破茂(自民)内閣総理大臣
私どもは、政府・与党一体として、法律案であれ予算案であれ、国会に提案をさせていただいております。事前に、責任与党として事前に審査をするということは私は極めて意義があるものであり、それは責任与党としてむしろあるべき姿ではないかと思っています。
一方において、私ども、三年三か月、野党をやりました。事前審査制なんというものは全くなくて、そんなことはできなかった。でも、説明はきちんと受けたし、我々も議論をしたということがございました。そこにおいて、なるべく与党と野党、もちろん責任与党としての立場はございますが、野党にもきちんと御説明をするということはやっていか…
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303金金子道仁(維新)
ありがとうございます。
我々も責任与党ではなく責任ある野党でありたいと思いますので、しっかり我々も議論して良い案を提案させていただきたいと思います。そのような思いで、本日は教育に関して総理の前で皆さんと御議論させていただきたい、そのように思います。
まず、教育について、冒頭ですが、最近、総理の子供の頃の夢という記事を拝見することがありました。車掌さんというのは、これは何か分かるんですけれども、もう一つが、学校の先生というのを夢の中に一つ挙げておられた、それが非常に驚きであり、うれしく思ったんです。
総理は、若い頃、教会で日曜学校の教師をされていた、…
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- (上の発言)
304
石破茂(自民)内閣総理大臣
私事に及んだら、どうぞお許しをいただきたいと思います。
子供の頃、政治家になろうと思ったことは一度もございません。それは、親を見ておって、ううんと思った。つまり、プライベートな時間ってないねと。そして、子供と遊んでくれたことも、親の思いは別としてですね、なかったですし、何となく親を、父親を客観視しておったところがございまして、政治家になろうと、子供の頃、中学生の頃からそういう思いが少しぐらい芽生えたのかもしれませんが。
学校の先生というのを書きましたのは、私、これまた私事で申し訳ありませんが、母親が、もう亡くなって何年にもなりますが、国語の教師でございました。上の姉は英語の教師でございましたし、下の姉は歴史の教師でございました。実際に教えて、教壇に立っておりました。
私自身、小学校、中学校で本当に有り難い先生に巡り合えて、その先生に巡り合わなかったら、また全然、今でも決してまとも、いや、言い方が難しいですが、もっとまた違う人生になっちゃったのかなというような気がせぬわけでもありません。
ただ、その人の一生を左右するということがどんなに恐ろしいことなのかと。自分が有り難い先生に恵まれただけに、自分が人を教える立場に立って、その人をちゃんと導くことができなかったということに対する恐れみたいなものがあって、結局、教職を選択しなかったということだと思っております。
大学生の頃に、夏休みに、委員はもちろんその道、全て極めておられるわけでありますが、そういうキリスト教の教会の日曜学校の臨時雇いの教師をしたことはございます。そこにおいて、本当に、その人を教えるということは、本当に自分として全身全霊で準備をしないと、そんなことをしてはいけないということを痛感したことでございました。
教師の働き方改革でまたいろんな議論があろうかと思いますが、私は、教師という仕事に対して恐れというものは常に持っておるものでございます。
305金金子道仁(維新)
大変貴重な御意見をお伺いして、本当に感謝いたします。特に、その人を教えることの準備の大切さ、この後で是非給特法の改正についても議論させていただきたいと思いますので、総理の御意見も最後にお聞かせいただきたいと思います。
最初は、高校の授業料無償化について、まず御質問をしていきたいと思います。
あべ大臣にお伺いします。
高校の授業料無償化の意義、目的について御説明ください。(資料提示)
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306
あべ俊子(自民)文部科学大臣
委員にお答えさせていただきます。
教育の機会はどんな状況であってもしっかりと与えられるということは重要だというふうに思っているところでございまして、文部科学省が実施しております高等教育、高等学校の就学支援金の目的でございますが、高等学校等就学支援金の支給に関する法律におきまして、高等学校等における教育に係る経済的負担の軽減を図り、もって教育の機会均等に寄与することとされているところでございます。
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307金金子道仁(維新)
ありがとうございます。
昨日、衆院の予算委員会、我が党の岩谷議員との質疑の中で総理が、高校進学九九%の現状の中で、高校の授業料を無償化する意義について議論の余地があると御発言されました。ここは、言い換えれば、無償化の意義についてしっかり議論すべきである、そして意義のある無償化をしていくべきである、そのような御趣旨だと私自身受け取っております。
今日は、この高校の授業料無償化、その中でその意義ということを一つキーワードに皆さんと議論させていただきたいと思います。
ここのパネルにもありますけれども、私は、無償化の意義というのは、単に、先ほど文科大臣から…
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