仁比聡平 (日本共産党)

2024年12月19日・第216回国会 参議院 法務委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 218 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 252 発言)

勧告を様々な意見の一つとしてしまって、いずれにいたしましてもと言って自分の取組を語ると、この論法というのがずっと繰り返されてきました。

国際人権水準の意味について、日本の裁判所や裁判官は一体どう考えているのかと、法的規範として考えていないのではないかという強い批判が国際的に寄せられているわけですね。私、その点で、時間がありませんから一問だけ伺いたいと思いますけれども、このジェンダーに基づく暴力ということをどう捉えるのか。

DVについて言いますと、DVとは家庭内の権力格差を背景として行われる支配であって、権力によってパートナーを支配する人間関係の構造そのものがDVだと。暴力はその支配の手段にすぎない、支配するために得意な形態の暴力が振るわれる。ところが、DVの本質がそうした個人の尊厳を害する支配であるという理解は、日本社会においても、司法においても著しく遅れていると。加害者は加害の自覚がなく、一方で、被害者は被害に自信が持てないという実態があると。

私は、こういう実情が現実に存在する、DVとはそういうものであり、社会の実態として存在する。特に、被害者は自ら自覚もしていない、だから訴えることはない。例えば、調停で双方の意見を傾聴いたしますと言ってみたところで、そうなると、自分が訴えることないわけですから、もう一方当事者の話ばっかり聞いて、お父さんは反省していますよとか、あるいは夫婦間の問題は親子の問題ではありませんとか、別の問題ですとか、そんな裁判、調停になっていやしませんかと。

これ、正すという研修などの取組が必要ではありませんか。

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