伊藤忠彦 (自由民主党)復興大臣

2024年12月23日・第216回国会 衆議院 東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 9 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 164 発言)

一九九九年、私は、愛知県の県議選に知多市の選挙区から立候補をし、初当選をいたしました。そして、自由民主党の愛知県知多市支部の支部長となりました。

その後、二〇〇五年、先生がおっしゃったとおり、九月に私が県議から国会議員となった後は、私の後を継いだ県議が知多市支部長となりました。当該県議は二〇〇七年四月の県議選に落選をいたしまして、その後は、新しい候補者が四年後の二〇一一年の県議選に向けて準備を行うとともに、知多市支部の事務を担当することとなっておりました。

この新しい候補者は、二〇〇八年三月に、前年の二〇〇七年六月十日付で私を知多市支部の支部長とする異動の届出を行い、私を代表者とする支部において活動を行っておりました。

その後、この者は、二〇一〇年六月、知多市支部の総会で支部長に選出されましたが、この者の事務的ミスにより、支部長の異動届を行っておらず、届出書上は、二〇〇九年、二〇一〇年の知多市支部の代表は私となっていたものでございます。

いずれにいたしましても、私の関係していた団体についての御心配をおかけしたことについては、心からおわびを申し上げます。どうも。

前後のやりとり

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