被団協のノーベル平和賞受賞は、本当にすばらしいことだと思っております。
今委員お尋ねのオブザーバー参加についてですが、別に木で鼻をくくったとは思いませんが、今までの答弁と少し違うのは、オブザーバー参加するということ、参加している国もあります、実際に核の傘を提供されていながら参加している国があって、それが会議においてどのような主張をしたのか、それで会議の流れがどうなったのかということを検証しないでオブザーバー参加もしないということは、私自身としては少し納得のいかないところもあって、これをきちんと精密に検証した上で、さて、我が国が戦争における唯一の被爆国として、その悲惨さを最も知る国としてオブザーバー参加をして、どのような議論を展開をすることが望ましいかということを分析せずして参加しますということは、私は余り正しいことだと思っておりません。
きちっと検証もします、読める限りの議事録は読んでみたいと思っておりますし、どの国がどのように反応したのかというものを見たいと思っております。単に逃げ口上として検討しますと言っているわけではございません。
ただ、いつまでにという期限を区切ってということは、その検証の進捗状況にもよりますので、ここでいつまでということを申し上げることはできないということでございます。
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安住淳(立憲)
御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
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安住淳(立憲)
昨日の重徳和彦君の質疑に関連し、岡田克也君から質疑の申出があります。重徳君の持ち時間の範囲内でこれを許します。岡田克也君。
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岡田克也(立憲)
立憲民主党の岡田克也です。
本題に入る前に一つ。
昨日、被団協の皆さん、ノーベル平和賞の授賞式がございました。田中熙巳代表委員が印象深い演説を行われました。
ノーベル委員会の授賞の理由は、核兵器使用は道徳的に容認できないという国際的な規範、核のタブーを形成したことに対するノーベル賞の授与であるというふうにされております。私は、今までの被団協の皆さんの御苦労と御努力に心から敬意を表したいというふうに思います。
それに関連して、一つ総理に質問したいと思います。
昨日、我が党の重徳議員が、核禁条約の締約国会議のオブザーバー参加について総理に聞きました…
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- (上の発言)
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石破茂(自民)内閣総理大臣
被団協のノーベル平和賞受賞は、本当にすばらしいことだと思っております。
今委員お尋ねのオブザーバー参加についてですが、別に木で鼻をくくったとは思いませんが、今までの答弁と少し違うのは、オブザーバー参加するということ、参加している国もあります、実際に核の傘を提供されていながら参加している国があって、それが会議においてどのような主張をしたのか、それで会議の流れがどうなったのかということを検証しないでオブザーバー参加もしないということは、私自身としては少し納得のいかないところもあって、これをきちんと精密に検証した上で、さて、我が国が戦争における唯一の被爆国として、その悲惨さを最も知る国としてオブザーバー参加をして、どのような議論を展開をすることが望ましいかということを分析せずして参加しますということは、私は余り正しいことだと思っておりません。
きちっと検証もします、読める限りの議事録は読んでみたいと思っておりますし、どの国がどのように反応したのかというものを見たいと思っております。単に逃げ口上として検討しますと言っているわけではございません。
ただ、いつまでにという期限を区切ってということは、その検証の進捗状況にもよりますので、ここでいつまでということを申し上げることはできないということでございます。
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岡田克也(立憲)
今まで、第一回、第二回、どういう議論が行われて、オブザーバー参加をしている国、例えばドイツがどういうことを述べて、どういう扱いを受けたかということは、それは外務当局は当然把握していますよ。ですから、そんなに時間がかかる話じゃないんですよ。是非、三月までに結論を出して、そして三月の締約国会議に間に合うように、来年も予算委員会がまた一月に開かれますから、結論を出していただきたい、そういうことを申し上げておきたいと思います。
さて、今日は、北方領土の問題を中心に、総理と是非議論したいと思って参りました。
総理は、北方領土に関して、所信表明演説で、我が国とし…
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石破茂(自民)内閣総理大臣
それは、四島の帰属の問題であるということは一貫をいたしております。その間にいろいろな会談があり、いろいろな合意がありということでございます。それらを全て包括をしながら、この問題を解決に向けて努力をしていくということでございます。
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岡田克也(立憲)
戦後の我が国の北方領土交渉、元々は日ソ共同宣言があります。その後、ソ連は領土問題の存在すら否定してきました。それが変わったのは、ソ連からロシアに変わる、そういう段階で、東京宣言、エリツィン大統領の時代ですけれども、四島の名前を具体的に挙げて、そこに四島の帰属問題は存在するんだということを確認した、日ロ間でですね。そういう意味では、私は日本外交の一つの画期的な勝利であったというふうに思うわけです。その後、ずっと日ソ共同宣言と東京宣言を並べて、基本的には、歴代首脳がこれを交渉の基礎にするということを最近まで言ってきたということです。
その東京宣言について、…
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