九三年、九四年の頃の政治改革の議論に今入ってこられましたので、じゃ、私もそこに話を移していきたいと思いますけれども。
一九九四年に政治改革関連法が成立をいたしました。あのときは、石破総理は当選三回だったんですかね。私は一回生なんです。与党と野党の立場が違ったと思いますけれども、共に政治改革を実現しようという意味においては、方向性は一致していたと思うんですけれども。
あのときに、いわゆる政党助成金を導入するための政党助成法、政党交付金、一人当たり二百五十円、当時はコーヒー一杯分と言っていましたけれども、二百五十円、国民に御負担をいただいて、政党の活動を助けていこうという。
その法律とともに政治資金規正法の改正が行われて、企業・団体献金については廃止の方向で改正が行われましたよね。それは、企業・団体献金、政治家個人は受けてはならないということになりました。
そして、今、附則に、総理がおっしゃったとおり、五年後の見直しの規定があったんです。五年後の見直し規定を受けて、あのときは、だから細川内閣のときだったんですが、五年後は小渕内閣。小渕内閣のときに、五年後に見直しを出して、政治家個人が持っている資金管理団体で企業・団体献金を受け付けることを駄目にしたんですよね、五年後見直しをしようと。
一方で、その五年見直しの中には政党に対するものも入っていたんですが、残念ながら、政党に対しての企業・団体献金の見直しって、ずっとずっと附則には入ったまま、見直しされないままに今日来ているという解釈をしなければいけないんじゃないですか。ということは、政党や、特に今、政党支部でいっぱい受け付けていますよね。これにも、この問題に切り込んでいかなかったら、三十年前の改革の精神を忘れたことになると私は思うんです。
当時はいろいろあったけれども、与野党で合意をしたわけじゃないですか。合意をしたこと、賛成をした法律については、当時関わっていた政治家として、責任を持って対応しなければいけないんじゃないですか。総理だけじゃなくて、村上先輩もいらっしゃったし、中谷さんもいらっしゃったし、岩屋さんはちょうどお休みだったんですかね。
ですけれども、あのときいろいろ立場があったけれども、それは、細川さんと河野さんが、最後、お互いが、当事者同士が合意して、二人とも今、企業・団体献金は何でやめないんだと言っていますよ。責任ある当事者が、トップ同士がそう言っているわけですから、我々はやはりそのとき関わった以上、責任を持って三十年前の宿題を片づけようじゃありませんか。いかがでしょうか。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
それは、判決が正当性の根拠だということを申し上げておるわけではございません。そこにおいて述べられている判決理由というものを引いて、こういう考え方もある。
つまり、法人が、別に、大企業かどうかは別として、それが実際に投票することは法人としてはできません。しかしながら、納税というものは果たしておるわけであって、納税者としての法人がその意思を示すということにおいて、投票はできるわけではございませんので、そこにおいて、献金というものをすることによって、納税者であるからには、そこにおいての意見を申し述べるということが、ある意味、政治献金という形になって表れている…
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野田佳彦(立憲)
じゃ、あえてこの判決を、余りこういう古い証文を出してお話をされない方がいいと思いますよ。なぜならば、一九七〇年の判決ですけれども、この判決には、巨額寄附に伴う金権政治の弊害には立法政策で対処すべきという判断も下されているんです。
この一九七〇年の最高裁判決の後に、ロッキード事件があったり、時系列でいうと、リクルート事件など、政官業の癒着を象徴する、その仲立ちを事実上企業・団体献金がしているというような事案がいっぱい発生をしたから、だから、企業・団体献金の見直しをしようとすることが度々起こったんじゃありませんか。
ということは、是非、これは認めていただ…
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石破茂(自民)内閣総理大臣
昭和四十五年の判決でございます。
私も委員も、同じ昭和三十二年生まれでございますから、中学一年生とか二年生とか、そんな頃ですが。やはり、学校で、法学部じゃなくても、一般教養で、法学で八幡製鉄事件というのは習ったと思います。私も、随分、憲法学の授業で出たりしたものですから勉強した覚えがございます、遠いかなたの話ですが。
要は、そこにおいて述べられているのは、一体何がその淵源であるかというと、憲法第二十一条、表現の自由というものがこの根拠になっておるということでございます。
委員が、余り古い証文を出してくるんじゃないよという御指摘ですが、憲法の解釈とい…
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- (上の発言)
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野田佳彦(立憲)
九三年、九四年の頃の政治改革の議論に今入ってこられましたので、じゃ、私もそこに話を移していきたいと思いますけれども。
一九九四年に政治改革関連法が成立をいたしました。あのときは、石破総理は当選三回だったんですかね。私は一回生なんです。与党と野党の立場が違ったと思いますけれども、共に政治改革を実現しようという意味においては、方向性は一致していたと思うんですけれども。
あのときに、いわゆる政党助成金を導入するための政党助成法、政党交付金、一人当たり二百五十円、当時はコーヒー一杯分と言っていましたけれども、二百五十円、国民に御負担をいただいて、政党の活動を助けていこうという。
その法律とともに政治資金規正法の改正が行われて、企業・団体献金については廃止の方向で改正が行われましたよね。それは、企業・団体献金、政治家個人は受けてはならないということになりました。
そして、今、附則に、総理がおっしゃったとおり、五年後の見直しの規定があったんです。五年後の見直し規定を受けて、あのときは、だから細川内閣のときだったんですが、五年後は小渕内閣。小渕内閣のときに、五年後に見直しを出して、政治家個人が持っている資金管理団体で企業・団体献金を受け付けることを駄目にしたんですよね、五年後見直しをしようと。
一方で、その五年見直しの中には政党に対するものも入っていたんですが、残念ながら、政党に対しての企業・団体献金の見直しって、ずっとずっと附則には入ったまま、見直しされないままに今日来ているという解釈をしなければいけないんじゃないですか。ということは、政党や、特に今、政党支部でいっぱい受け付けていますよね。これにも、この問題に切り込んでいかなかったら、三十年前の改革の精神を忘れたことになると私は思うんです。
当時はいろいろあったけれども、与野党で合意をしたわけじゃないですか。合意をしたこと、賛成をした法律については、当時関わっていた政治家として、責任を持って対応しなければいけないんじゃないですか。総理だけじゃなくて、村上先輩もいらっしゃったし、中谷さんもいらっしゃったし、岩屋さんはちょうどお休みだったんですかね。
ですけれども、あのときいろいろ立場があったけれども、それは、細川さんと河野さんが、最後、お互いが、当事者同士が合意して、二人とも今、企業・団体献金は何でやめないんだと言っていますよ。責任ある当事者が、トップ同士がそう言っているわけですから、我々はやはりそのとき関わった以上、責任を持って三十年前の宿題を片づけようじゃありませんか。いかがでしょうか。
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石破茂(自民)内閣総理大臣
これまた委員と議論したいと思っているんですが、私どもの原点は平成元年の自民党政治改革大綱だと思っております。それは、伊東正義政治改革本部長、後藤田正晴代理の下で、私ども、当選まだあの頃一回でしたが、政治改革大綱というのを書きました。
今回もう一回読み直してみて、企業・団体献金を廃止すべきだということは全く書いていない。そのときから我々の立場は一貫しておるのですが、禁止よりも公開ということだと思っております。
それは、政治資金規正法の第一条、第二条の趣旨からしても、禁止よりも公開だということだと思っております。これは、政治資金規正法の第一条というものが…
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野田佳彦(立憲)
これは、今、政治改革大綱のお話をされましたけれども、大綱が作られた後に法改正の議論をしているんですよね。そのときに企業・団体献金の禁止の問題というのがやはり議論の俎上に上ったということじゃありませんか。だから、時系列でいうと、大綱はあったけれども、やはり世論が厳しくなって、自民党も対応せざるを得なくなったんですよ。
なぜならば、例えば九三年で、今、経団連が献金のあっせんをやっていますよね。あのとき経団連は、九三年、やめたんですよ、企業・団体献金をやめた。当時の、平岩さんがトップだったと思います、平岩外四さんが。何と言ったかというと、公費助成と個人献金で…
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石破茂(自民)内閣総理大臣
ごまかすつもりは私は全くなくて、要するに、民主主義のコストは誰が負担するのがよろしいのかと。これは御党の前身である旧民主党においても同じ議論が行われたんだろうと思っています、新聞報道を拝見する限り。
やはり、政党助成金に過度に依存する政党運営というのはいかぬのではないかということ。つまり、国民の浄財であり、当時コーヒー一杯分、二百五十円と言われました。それは貴重な浄財です、大切に使わなければなりません。ただ、政党の運営というものが、過度に公的な資金に依存すること、つまり、六割、七割というのを過度というのです、それは。そうなったときに、本当に政党の在り方…
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