石破茂 (自由民主党)内閣総理大臣

2024年12月5日・第216回国会 衆議院 予算委員会 第1号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 21 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 302 発言)

十年前、私、初代の地方創生担当大臣を拝命をいたしました。二年務めました。そのときに、今委員御指摘の、別に本社じゃなくてもいいんだけれども、東京でなくてもいい機能はなるべく地方に移しましょうねということをやってみたんです。

それで、隗より始めよという言葉がいいかどうか分からないけれども、中央政府がやらないと、それを民間にだけお願いしても難しいよねということで、中央省庁の地方移転というのもやろうとしました。成果として、確かに、文化庁の京都移転でありますとか、工芸館の金沢移転でありますとか、幾つかはできました。でも、その後が続かない。

本社の地方移転も、有名なお話は、コマツの、小松市に移転した。行ってみると分かりますよね。本当に小松に、発祥の地ですから、溜池にもありますが、それが小松に移転しました。

出生率も上がりました、婚姻率も上がりました、女性の方々の幹部登用も非常に増えました、いい例なんだよねということがあるんだけれども、何で後が続かないんだろうかということを考えてみたときに、東京に来た方が格好いいからということはないと思うんです。やはり国会が近いから、いろいろなお役所、霞が関が近くにあるから。ほかに何か合理的な理由があるかというと、余り合理的な理由はないのですね。

私、地方にいろいろなものを移転したいと言っているのは、自分のノスタルジックな感情で言っているわけではなくて、例えば、出生率も地方の方が高いですということがある。でも、婚姻率が一番高いのは東京なのです。そこが出生率が一番低いです、よって、人口がどんどん減りますみたいなことが起こっておって、いろいろなものを地方に移転をするということは、委員御指摘のようないろいろな状況が整っているからなのですが、それが全国的に広がっていかないということは、やはり何か構造的に問題があるんだろうというふうに思っております。地方に移転した方が経済合理性があるというふうに納得していただけるような、そういう仕組みが必要なんだろうというふうに思っております。

明治維新のとき、そしてまた敗戦後、いろいろなものを東京に集めた方が手っ取り早かったということがあると思うんです。これから先、その限界が来たのが平成という時代だったと思っておりますので、皆様方のいろいろなお知恵もいただきながら、日本の在り方そのものを変えていく、そういうようなプロジェクトが地方創生二・〇だというふうに私は考えておるところでございます。

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