袴田さんが無罪になったということで、人権の回復や名誉の回復はまだできていないというふうに思っております。警察、検察、裁判官、そして政府、そして国会、この放置してきた問題が問われているというふうに思っております。
死刑が執行されていたら本当に取り返しのつかないことになっておりました。死刑というのは、そうした冤罪に関しても大変大きな問題があるというふうに思っております。
この重要な証拠が、事件から四十四年後、四十七年後、四十八年後、四十九年後に重要な証拠が次々と出てまいりました。警察、検察、長期にわたって重要な証拠を隠していたというふうに言わざるを得ません。
資料の六ページを見ていただきたいんですけれども、袴田さんの冤罪事件の第二次再審請求審からの経過を笹森学弁護士がまとめてくださった資料です。
事件は一九六六年に起きたわけですけれども、多くの証拠が開示されたのは第二次再審請求審からでした。
二〇〇八年四月二十五日、静岡地裁に袴田さん事件の第二次再審請求が行われました。そして二〇〇九年の三月二日、秀子さんが保佐人に選任をされ、第二次再審請求の請求人要件が整って、二〇一〇年五月二十八日、第一回の三者協議の際に、やっと裁判所が、できるだけ証拠開示をということを勧告いたしました。そして二〇一〇年九月十三日、三者協議で、検察側は弁護側が求めていた証拠の一部を開示いたしました、二十八点。
そして二〇一三年七月五日、静岡地裁は、静岡地検に証拠を開示するよう、また勧告をいたしました。そして二〇一三年七月二十六日、静岡地方検察庁は百三十点の証拠を開示いたしました。そして二〇一三年九月十三日、静岡地裁は、五点の衣類について証拠の開示を地検に勧告をいたしました。しかし、このとき静岡地検は、存在しないと開示を拒否いたしました。
二〇一四年三月二十七日、静岡地裁、再審開始と死刑及び拘置の執行停止決定が、二〇一四年になってやっと再審開始の決定が行われました。そして二〇一四年三月二十八日、東京高裁は、拘置の執行停止の取消しの検察官の抗告を棄却いたしました。二〇一四年九月十日、東京高検が、静岡地裁での再審請求審で存在しないとしていた五点の衣類が、やっとこの証拠が、発見直後のカラー写真のネガの約九十三枚が開示をされた。
その後、二〇一五年一月三十日、東京高検、昨年静岡県警で見つかったとされる袴田巌さんの取調べ録音テープ、オープンリール二十三巻、書証二十八点を開示いたしました。開示された証拠は、地裁分百三十プラスアルファということで、含めて六百点に及んでおります。
このように、事件から四十四年後、四十七年後、四十八年後、四十九年後に次々と重要な証拠が出てまいりましたけれども、証拠開示になぜこれほどまでに時間がかかったと考えているのか、これは法務大臣にお願いしたいと思います。
290
鈴木馨祐(自民)法務大臣
今御指摘の事件、袴田さんが被告人として起訴された強盗殺人等の事案であります。昭和五十五年十二月に死刑判決が確定をいたしましたが、令和五年三月二十日、再審開始決定が確定し、本年九月の二十六日に再審無罪判決が言い渡され、本年の十月九日に無罪判決が確定をしたものと承知をしております。
大変申し訳ありませんが、個別の事件における裁判所の判断に関する事柄について法務大臣として所感を述べるということについては差し控えさせていただきたいと思いますが、その上で申し上げれば、検察当局においては、組織の見解として、袴田さんに対し、相当の長期間にわたり法的地位が不安定な状況…
この発言のページ
291本本村伸子(共産)
今大臣がおっしゃられたのは、検事総長の談話と重なる部分がありますけれども、それについては後で申し上げたいというふうに思います。
もしも、袴田巌さんや姉の秀子さんが、警察、検察、裁判所が自分の声を聞いてくれないという中で、無実であることを訴えることを諦めてしまっていたら、無実の袴田さんを死刑にする危険性がありました。生きていて無実を訴えてくださって、無実を訴え続けてくださって本当によかったというふうに心から思っております。
無実の袴田さんを死刑にする危険性があったということに関し、どのように受け止めておられるか、その点も伺いたいと思います。
この発言のページ
292
鈴木馨祐(自民)法務大臣
まず、個別の刑の執行の判断に関わる事柄について、法務大臣として所感ということを申し述べることは差し控えさせていただきたいと思います。
その上で、今御指摘の死刑ということでありますけれども、人の生命を絶つ極めて重大な刑罰であります。そうした中で、袴田さん、結果として相当の長期間にわたりその法的地位が不安定な状況に置かれてしまったということ、この点、誠に申し訳ないというふうに思っているということでございます。
この発言のページ
- (上の発言)
293本本村伸子(共産)
袴田さんが無罪になったということで、人権の回復や名誉の回復はまだできていないというふうに思っております。警察、検察、裁判官、そして政府、そして国会、この放置してきた問題が問われているというふうに思っております。
死刑が執行されていたら本当に取り返しのつかないことになっておりました。死刑というのは、そうした冤罪に関しても大変大きな問題があるというふうに思っております。
この重要な証拠が、事件から四十四年後、四十七年後、四十八年後、四十九年後に重要な証拠が次々と出てまいりました。警察、検察、長期にわたって重要な証拠を隠していたというふうに言わざるを得ません。
資料の六ページを見ていただきたいんですけれども、袴田さんの冤罪事件の第二次再審請求審からの経過を笹森学弁護士がまとめてくださった資料です。
事件は一九六六年に起きたわけですけれども、多くの証拠が開示されたのは第二次再審請求審からでした。
二〇〇八年四月二十五日、静岡地裁に袴田さん事件の第二次再審請求が行われました。そして二〇〇九年の三月二日、秀子さんが保佐人に選任をされ、第二次再審請求の請求人要件が整って、二〇一〇年五月二十八日、第一回の三者協議の際に、やっと裁判所が、できるだけ証拠開示をということを勧告いたしました。そして二〇一〇年九月十三日、三者協議で、検察側は弁護側が求めていた証拠の一部を開示いたしました、二十八点。
そして二〇一三年七月五日、静岡地裁は、静岡地検に証拠を開示するよう、また勧告をいたしました。そして二〇一三年七月二十六日、静岡地方検察庁は百三十点の証拠を開示いたしました。そして二〇一三年九月十三日、静岡地裁は、五点の衣類について証拠の開示を地検に勧告をいたしました。しかし、このとき静岡地検は、存在しないと開示を拒否いたしました。
二〇一四年三月二十七日、静岡地裁、再審開始と死刑及び拘置の執行停止決定が、二〇一四年になってやっと再審開始の決定が行われました。そして二〇一四年三月二十八日、東京高裁は、拘置の執行停止の取消しの検察官の抗告を棄却いたしました。二〇一四年九月十日、東京高検が、静岡地裁での再審請求審で存在しないとしていた五点の衣類が、やっとこの証拠が、発見直後のカラー写真のネガの約九十三枚が開示をされた。
その後、二〇一五年一月三十日、東京高検、昨年静岡県警で見つかったとされる袴田巌さんの取調べ録音テープ、オープンリール二十三巻、書証二十八点を開示いたしました。開示された証拠は、地裁分百三十プラスアルファということで、含めて六百点に及んでおります。
このように、事件から四十四年後、四十七年後、四十八年後、四十九年後に次々と重要な証拠が出てまいりましたけれども、証拠開示になぜこれほどまでに時間がかかったと考えているのか、これは法務大臣にお願いしたいと思います。
294
鈴木馨祐(自民)法務大臣
今お尋ねの点、個別事件における検察当局の訴訟活動の内容に関わる事柄ということで、また、法務大臣として所見を述べるということについては差し控えさせていただきたいと思います。
その上で、あくまで一般論ということで申し上げますけれども、再審請求審、これは通常の公判手続とは異なっておって、検察官が犯罪事実の立証責任を負うものではない上に、当事者主義に基づく手続ではなく、裁判所が職権により事実の取調べをするものであるために、一般的な証拠開示のルール、これは適用されないものと承知をしております。また、再審請求審においては、請求人側から提出をされた証拠が、確定判決が…
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295本本村伸子(共産)
今の再審法では、やはり人権侵害を引き起こすことは明らかです。最高検の中で検証するとおっしゃっておりますけれども、その検察庁が信用ならないというわけでございます。
それが、資料の一、二を見ていただきたいんですけれども、袴田さんの無罪判決後、十月八日、検事総長が控訴しない旨の談話を出しました。まず、こうした談話は異例だと思いますけれども、見解を伺います。また、この談話は検事総長個人で出したものなのか、組織的に出したものなのか、確認をさせていただきたいと思います。
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296森森本宏法務省刑事局長
お尋ねの検事総長談話について、一般に確立した定義や様式があるものではございませんが、過去にも検事総長による談話は、出された例はあるというふうに承知しております。
また、本件の検事総長談話の内容は、検察当局において組織的に決定した内容ということでございます。
この発言のページ